『人こそ資本』 カネとモノには限りがあるが、人には無限の可能性がある

目次

【心のコラム】 拾いの神が捨てられた者を拾う時

水深3000メートル下からニムロディウムを含む海底鉱物資源を採掘すべく、アル・マクダエルは洋上の採鉱プラットフォームを建造するが、本採鉱を前に、プロジェクトリーダーが失踪するという憂き目に遭う。急遽、海中技術に長けた潜水艇のパイロットを探し求めるが、海洋技術センターから推薦されたのは、職も失い、故郷にも居られなくなった放浪中のヴァルター・フォーゲルだった。

アルは「人こそ資本」という経営哲学に基づき、深海の鉱物のように計り知れない可能性を秘めた人材を探し求めて、フォルトゥナ号を駆る。

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いやいやでも働くうちに自分が何ものか思い出す ~若さゆえの無力感世界初となる海底鉱物資源の採鉱プラットフォームを訪れたヴァルターは、アル・マクダエルの熱意と気魄に圧倒され、逆に意気消沈する。そんな彼にアルは産業発展の要は共存共栄の精神であることを説き、いやいやでも海の仕事をするうちに自分が何ものかを思い出すと励ます。

【小説の抜粋】 稀少金属をめぐる企業の攻防

みなみのうお座星域に打ち上げられた無人探査機「パイシーズ」が、未開の惑星ネンブロットから一つの鉱石を持ち帰る。そこから発見された稀少金属『ニムロディウム』が従来の技術を著しく向上させたことから、宇宙植民に弾みがつき、新たな宇宙文明が幕開ける。

ところが、宇宙開発法の隙を突いて、鉱山会社ファルコン・マイニング社がいち早く惑星ネンブロットのニムロデ鉱山を手に入れ、瞬く間にニムロディウム市場を独占する。

ファルコン・マイニング社の脅威は、ニムロディウム市場のみならず、最大の宇宙植民地である惑星自治領トリヴィアの政財界、しいては、人類の母星であるステラマリスにまで及ぶようになっていた。

巨大なファルコングループと袂を分かち、独自路線を歩み始めたマクダエル特殊鋼とは、技術特許をめぐって争った因縁の仲。ファルコン・マイニング社は、特殊鋼の重要な原料であるニムロディウムの供給をストップしたり、原価をつり上げたり、執拗に嫌がらせを繰り返す。

彼等の魔の手はついにマクダエル一家の生命に及ぶ。

このパートは『海洋小説『曙光』(第一章・運命と意思)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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アルがMIGインダストリアル社を継いだのは一七五年のことだ。父のヨシュアが七十歳で病に倒れたのを機に、アルは三十五歳で社長に就任、五歳年上の姉ダナがMIG執行委員会の会長に就任した。だが、アルに跡取りとしての帝王学を叩き込んだのは、父よりも祖父ノア・マクダエルである。
この「厳めしいお祖父さん」は、MIG会長兼インダストリアル社社長として西に東に飛び回る多忙な父に代わり、やれ読書だ、数学だと、孫二人の英才教育に傾注した。

祖父はアララト山の仙人みたいに面痩せ、膝が痛むと杖を突くようになってからは、ますます浮き世離れして見えた。若い頃は大変な美男子だったが、ファルコン・マイニング社と火花を散らすうち、甘やかなマスクは鉄火のように厳しくなり、ふさふさした金髪は四十半ばで真っ白になった。子供たちには優しかったが、嘘をついたり、掃除をさぼったり、勉強を手抜きすると「お仕置き部屋」に入れられ、難しい本を何冊も読まされた。その中にはラテン語の本もあり、部屋を出る時、名句の一つも暗唱しないと、次の日から算数の課題が一つ増えるのだった。

それでもこの「厳めしいお祖父さん」が一族の尊敬を集め、周囲にも一目置かれていたのには大きな理由がある。

ニムロディウム製錬技術の歴史を変えた『真空直接電解法』の確立だ。

宇宙文明の基礎を成す特殊鋼であり、恒星間航行エンジンや宇宙構造物に不可欠なニムロイド合金は、鉄や銅といったコモンメタルに、ニムロディウム、コバルト、ニッケル、ニオブ、モリブデンといったレアメタルを微量に添加することによって作られる。その匙加減はメーカーにとって門外不出の企業機密であり、マクダエル特殊鋼も多くの技術特許を有している。

しかしながら、手法を確立したところで、肝心のニムロディウムが入手できなければ何の意味もない。そして、ニムロディウムの安定供給の鍵を握るのは、政財界に根を張るファルコン・マイニング社である。また、その系列会社であるファルコン・スチール社とは、ニムロイド合金の情報資産をめぐって係争した因縁の間柄でもあり、こちらの納期が迫ろうが、決算に支障をきたそうが、お構いなしに原価を吊り上げ、鉄スクラップの供給を止めてくる。そればかりか産業省にまで手を伸ばし、電気炉の増設や技術特許の認可まで阻止する執念深さだ。

だが、祖父の怒りに火を付けたのは、ある日、社長室にかかってきた一本の電話だ。

電話の主は、祖父が中心となって推し進める非鉄金属組合の解体を要求し、家族の安全を脅かすような文句を口にした。

祖父はついに堪忍袋の緒が切れ、《技術で目に物を言わせる》決意をした。

それが真空直接電解法だ。

通常、ニムロディウムは自然界において単体として存在せず、酸素と強固に結びついた酸化物として存在する。酸化ニムロディウムを含む鉱物は、みなみのうお座星域の惑星や衛星、隕石からも検出されるが、その含有率は一パーセントにも満たず、三〇パーセント以上ものニムロディウムを含む高品位のニムロイド鉱石はニムロデ鉱山でしか見つかっていない。

また*4ニムロイド鉱石の中間生産物から高純度のニムロディウムを精錬するのは非常に難しく、幾種類もの電気炉や精錬炉を必要とする上、精錬過程で大量の有害物質や放射性廃棄物を排出することから、商業ベースで大量生産できるのはファルコン・スチール社に限られていた。

そこで祖父は、不純物の多い中間生産物からも効率的にニムロディウムを精錬できる技術の開発に取り組んだ。それが真空直接電解法だ。

この精錬システムは、ニムロイド鉱石の中間生産物を電解し、直接的にニムロディウムを抽出するもので、全工程にかかる手間と時間を大幅に短縮し、従来の製造コストの半分以下で九九・九九九九パーセント以上の高純度ニムロディウムを精製することができる。しかも放射性廃棄物を一切排出せず、低品位な鉱石にも市場価値が生まれたことから、業界は諸手を挙げて歓迎した。しかも祖父はその技術を広く開放し、設備投資が困難な中堅メーカーでも精錬システムを導入できるよう計らった。

これにより、ファルコン・マイニング社やファルコン・スチール社に依存していた業界に風穴が空き、脱ファルコン・マイニング社の機運が一気に高まった。

また非常に高価だったニムロディウムが手頃な価格で入手できるようになったことから、航空、建設、電子機器、医療など、様々な分野にいっそうの技術革新をもたらした。

この成功を機に、マクダエル特殊鋼は『マクダエル・インダストリアル社』に社号を改め、MIGを再編し、名実共に新たな第一歩を踏み出したのである。

アルが物心ついた時、祖父はレジェンドだった。

書店には祖父の偉業を称える書物が並び、何十年経った今も真空直接電解法の開発史がTVドキュメンタリー番組で取り上げられる。

全権を長男ヨシュアに委譲し、第一線を退いてからは、公の場にもほとんど顔を出さず、アララト山の仙人みたいに自宅に籠もっていたが、父の話では、個人的な報復を恐れ、陰の相談役に徹することを選んだという。

実際、祖父は質実剛健を絵に描いたような人物だったが、真空直接電解法の成功後はトリヴィアの首都《エルバラード》を離れ、郊外の高級住宅街(ゲーテツド・コミユニティ)に二棟からなる大邸宅を購入した。緑に囲まれた広大な敷地には、トリヴィア屈指の資産家や有名人らが居を構え、万全のセキュリティ・システムが敷かれている。世間から隔絶されたコミュニティでは、夜な夜な快楽に耽る御大尽も少なくないが、祖父は贅沢や特権意識を嫌い、「お前は将来、MIGの将来を背負って立つ人間だ。人の上に立つ者は常に謙虚に学ばねばならない」とアルにも品位や礼節を求めた。

Noblesse(ノブレス) oblige(オブリツジ).(高貴な者はそれにふさわしい社会的責任と義務を有する)

それが祖父の教えの真髄だ。

祖父の高潔な精神と生き様は、アルと姉のダナに強い影響を与えた。

ビジネス会話の隠語としてラテン語を教えてくれたのも祖父なら、合金設計の技術を面白く語って聞かせてくれたのも祖父だ。愚かなことを口にすれば、実妹だろうが、次男の嫁だろうが厳しく叱責し、家族に煙たがられることもあったが、アルは一本芯の通った祖父が好きだった。祖父の話を聞いていると、人間の意思はこの世のどんな権力や財力にも勝るような気がするのだった。

祖父はしばしば言っていた。

「自分が明日死ぬなど、誰も露ほども考えない」

その言葉通りに祖父は死んだ。八十一歳だった。

アルが十二歳になって間もなく、なかなか朝食に姿を現さないので、心配して見に行くと、祖父は自室のバスルームで口を半開きにして倒れていた。夕べ祖父と話した時は、今日もチェスで一戦を交える約束だったのに。

そんな祖父の教えの中で最も心に残っているのが「捨てるな」という言葉だ。

祖父は人間の可能性について論じるのが好きだった。極限まで追い詰められた人間の、劇的な力の発露を信じていた。どんな凡庸な人間も、断崖絶壁に立たされれば、海を割るほどの知力を得るというのが祖父の持論だった。

「人間には無限の可能性がある。自分を捨てることは、一切の可能性を捨てることなんだよ」

事業の要は「モノ」「カネ」「ヒト」。モノとカネには限りがあるが、ヒトには無限の可能性がある。工場の組み立てラインを管理するのもヒトなら、画期的な商品を編み出すのもヒトだ。現場に優秀な人材がなければ、百億の予算も世界有数の設備も用を成さない。

人こそ資本。

それはそのままアルの経営哲学になった。

人それぞれ長所も短所もあるが、アルは深海に眠る鉱物みたいな人間が好きだった。数十億年の星のエネルギーをぎゅっと凝縮したような、意思の強い兵(つわもの)だ。

これぞと思う人材を得る為なら、フォルトゥナ号を駆って、どんな遠くでも会いに行った。

そこに可能性を感じたら、一度は切り捨てられた人材でも拾い上げ、回生のチャンスを与えた。

そうしてアルに見出された者たちが次々に再起の機会を得、予想以上の成果を上げたことから、いつしかアルは「拾いの神」とあだ名されるようになった。

フォルトゥナ号が降り立つ時、必ず誰かの運命が変わるのである。

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植村直巳 冒険
植村直巳 冒険

【リファレンス】特殊鋼メーカーと精錬・製錬

私が子供の頃は『鉄は国家なり』の時代でしたから、鉄鋼業界は「日本の未来を支える」と若い人にも人気がありましたし、いずこもイケイケ、押せ押せで、本当に勢いがあったと思います。

今は量より質で、技術もいっそう高度化し、昭和の時代とは異なるセンスや創造性が求められます。

大地に転がる1個の鉱石から、最先端の技術を支えるスーパーメタルへ。

若い方は、ぜひ金属工学の分野に進んで頂きたいと願っています。

参考記事 → 【小説の抜粋とリファレンス】 生物冶金と技術開発の意義 世界に可能性を知らしめる

【社会コラム】 アイデアは資本に優先する

『アイデアは資本に優先する』というのは、HONDAの創業者、本田宗一郎の言葉です。

たとえ十分な資本がなくても、設備や技術が不足しても、優れたアイデアはあらゆる障壁を超克して、世界を変えるという教えです。

もちろん、アイデアが優れているだけでは話になりません。

何が何でもそのアイデアを形にするのだ、という強い意思があってはじめて、不可能も可能になります。

ある意味、強い意思と情熱は、アイデアや資本にも優先する……といっても過言ではないでしょうね。

漠然と世の中を変えたい、いいものを作りたいと願っても、手足を動かさないことには形になりません。

また、手足を動かしたところで、必ずしも上手くいくとは限りません。

それでも、どんなことをしても、成し遂げようという気持ち。

そこに創意工夫が加わって、優れた事業として結実するのでしょう。

どん底から這い上がってきた本田宗一郎だからこそ、説得力のある言葉です。

本田宗一郎と愛される企業

私の学生時代には本田さんもご存命でしたから、新聞のインタビュー記事やメディアでリアルな声を聞く機会も多かったです。

世界のHONDA。

敗戦後の混乱から立ちあがった鉄の人であり、チャレンジャーですね。

本田宗一郎 「一日一話」より 得手に帆を上げて』にも紹介していますが、とことん自分の理想を追求したモーターオタクでもあったと認識しています。

『アイデアは資本に優先する』と同じくらい好きなのが、『企業は製品が全て』という言葉。

理念がどう、経営方針がどう、つべこべ説明しなくても、製品を一目見れば企業の全てが分かる……というのが、HONDAの真髄でした。

今に喩えれば、iMac や iPhone がそうですね。

食品なら、ガリガリ君とか、カルビーとか。

企業がつべこべ説明しなければ伝わらない製品というのは、一見、素晴らしいように見えて、魅力に乏しいのかもしれません。

世の中には、Appleキチガイ、KAWASAKI狂い、みたいな人がいて、そのメーカーしか買わないユーザーも少なくないですが、よくよく話を聞いてみれば、性能うんぬん以前に、存在感とか、コンセプトとか、直感で惹かれて、まるで異性に恋するが如くですよ。うちの隣人も、外国の方ながら、「車はHONDAしか買わない」というHONDAの信奉者ですし(ありがとうございまーす)。

でも、本当は、そういうのが企業にとって一番幸せなのかもしれませんね。

一位でなくても、万年中堅でも。

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 著者  本田 宗一郎 (著)
 定価  ¥300
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本田宗一郎氏の思い出

若い人に本田宗一郎の話をしてもピンとこないだろうし、「彼の経営哲学が昭和の時代に合っていただけ。現代は違う」という人もあるけれど、一つだけ確かのは、本田氏は現代に生きても何かを成し遂げただろう、ということ。

時代がどう変わろうと、何かを成し遂げる人の考え方は大体共通していて、それゆえに、脈々と受け継がれる名著なんてものが存在するのだ。

役に立たない考え方は一時代で終わるベストセラーと同じ、乗って、売れても、長続きはしない。

永久不変の巨人のように思えるグローバル企業も、世界情勢やユーザーの価値観の変化に揉まれて汲々としているところを見ると、最後に問われる点は、理念とか、良心とか、実に単純な話ではなかろうか。

庶民を出し抜いて、上手くやったとほくそ笑んでいる間に、やってはならない一線を越えて、一斉にNOを突きつけられる某ネットサービスみたいに。

方針に困ったら、原点に立ち返るのが一番いい。

いわゆる、商人魂というもの。

結局、正しいものが、細く、長く、変わらず続く。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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