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わたくし、阪神大震災の経験者です。

幸い、住んでいたアパートが鉄筋コンクリート製で、頑丈な作りでしたから、部屋中に物が散乱しただけで済みましたが、隣町では亡くなった方もいて、今もあの時の事はトラウマです。

震災から5年ぐらいは、夜、熟睡することができませんでした。

突然、ゴォーっと耳鳴りがして、身体がガタガタ揺れる感じがするのです。

その度に飛び起き、何度ラジオやtvをつけて、地震情報を確認したか分かりません。

当時はスマホも無かったので、毎晩、恐怖でした。

わけても、一番重症だったのは、『頭内爆発音症候群』(本当にこんな診断名があるんですね)。

私も最近知ったのですが、うとうとしかけた時に、突然、「ドカーン!」と飛行機が墜落するような爆発音が鳴り響く、謎の病気(?)です。

事故と思って、飛び起きるけど、何もない。

そんなのが、やはり数年、続きました。

いつ全快したかといえば、欧州の、地球物理学的に地震が絶対に起きないエリアに引っ越した時。

「やったー! これで地震の心配をしなくて済む!」と思った瞬間、治って、熟睡できるようになったんですね。

言い換えれば、それぐらい地震がトラウマになる、ということです。

トラウマのひどい人は、あれこれ薬を試すより、いっそ地震の無い地域に引っ越す方が早いですよ。

海外在住になるので、簡単にはいきませんが・・・

で、本題。

あの時、私は就寝中で、激しい揺れで目が覚めたのですが、揺れている間は「なんか揺れてる・・」ぐらいにしか思いませんでした。

まだ夢の中でしたし、あまりに突然だったので、しばらく自分の身に何が起きたのか、理解できなかったのです。

激しい揺れが収まり、アパートの廊下に数人の男性が飛び出して、「すごい地震やったな」「あんたとこ、大丈夫か」と話しているのを耳にして初めて、それが大地震だということを知りました。それぐらい、揺れの最中には何が起きたか分からず、頭も身体もフリーズしてしまうものなのです。

それからしばらく、あまりの恐ろしさに布団から出ることもできず、毛布をかぶったまま茫然自失としていましたが、あれほどの揺れなら、近所から火の手が上がるかもしれない。いや、その前に、建物が倒壊するかもしれない。

逃げなきゃ。

勇気を振り絞って、布団から顔を出してみると、部屋の中はぐしゃぐしゃ。

TVはキャビネットごと1メートル以上斜め前に飛び出し、三段ボックスは横転。

本も、小物も、そこら中に散乱して、昔、学習誌で目にした「震度5」の有様、そのものでした。(実際は、もっと有ったかも)

冷静になるにつれ、防災の知識が蘇り、やっとの思いで布団から這い出すと、ガス栓を止め、ブレーカーをオフにし、ベランダに出て周辺に火の手が上がってないのを確認してから、すぐに避難の準備を始めました。

1月17日の出来事ですから、まずは防寒が第一。

長袖シャツやら、トレーナーやら、ハンテンやら、着込めるだけ着込み、厚手のタイツも重ね履き(パンツは三枚重ね^_^)、すぐに大きな余震が来るだろうから、いつでも外に飛び出せるよう、玄関先で靴を履いて待機していました。

幸い、大きな余震が立て続けに来ることはなく、私の住んでいる地域は電気の復旧も早かったので、地震発生から一時間後ぐらいには、NHKの震災放送で状況を確認することができました。

また、離れて暮らしている家族ともすんなり電話が繋がって、とにもかくにも最悪の事態はまぬがれた感じでした。

まあ、それでも仕事には行かないといけない(医療者は、特に)。

もしかしたら、今夜は自宅に帰れないかもしれない。

いろんな事態を想定しながら、ダルマのような着衣をひとまず脱いで、持ち出しバッグの準備を始めたのですが、その最中にふと気付いたのは、真っ先にバッグに詰めたのが フロッピーディスクということでした。

「フロッピーディスクって、何?」という若い世代の為に解説しましょう。

1995年、パーソナルコンピュータはまだまだマニアックなアイテムで、スマホやタブレットさえ存在しませんでした。

令和の時代、スマホや格安ノートでせっせと小説を書いている層には想像もつかないでしょうが、当時のワラビー(あえてワラビーと呼ばせて頂きます。草生えてるので)は、『ワープロ(ワードプロセッサー)』と呼ばれる、Microsoft Surface がジャイアントロボ化したような、厳めしい家電で入力作業をしていたんですね。ネットもなければ、表計算もない、まさに「文字をタイプして印刷するだけ」の文豪マシーンです。

そんでもって、1TBとかクラウドが当たり前の世代には、ますます想像つかないでしょうけど、当時の記憶媒体は『フロッピーディスク』が主流であり、容量はたったの1.6MBほど。(ギガバイトでなくて、メガバイト(^-^) 

ちょっと気合いを入れた長文のWORD文書を作れば、簡単に1MBを超える令和の民には信じられないかもしれないけど、当時は10MBも文書を作れば、けっこう文豪気分を味わえたのですよ。

「フロッピーディスク、6枚か……けっこう頑張ったな」みたいな。

フロッピーディスクが増えれば増えるほど、努力が目に見えて分かり、また一枚、もう一枚と、モチベーションも上がります。

透明なフロッピーディスク・ケースに、お気に入りのCDみたいに、ずらりと並んだフロッピーディスクを見るだけで、自分に「良し!」と言えたんですね。

フロッピーディスクの外観もいろんなバリエーションがあり、「ピンクはエッセー♪  グリーンは小説♪ ブルーには設定資料を保存しましょう♪」みたいに見た目も楽しかったですし。

かくして、大震災で死の恐怖を感じた時、私が一番に持ち出したのは、せっせと書きためたフロッピーディスクでした。

預金通帳でもなく、保険証でもなく、3.5インチの磁気ディスク、20枚+αです。(正確な数は覚えていませんが、10枚入りのケース1箱、5枚入りのケース2箱、バラで何枚かあったので)

なぜなら、お金はなくしても、取り返すことができます。

通帳や保険証は、再発行できし、衣類やアクセサリーは無くしても、買い直すことができます。

でも、自分が書きためたものは、完全に復元できません。

もう一度、同じものを書けと言われても、一言一句、間違えずに書き直すことは絶対にできないのです。

また、それを書いた自分自身も、二度と戻ってきません。

たとえ雑な文章でも、ナルシズム満載の痛いエッセーでも、それを書いた自分自身は唯一無二です。

一言一言に魂が入っています。

たとえ誰が見なくても――

いや、誰の目にも触れないからこそ――

自分だけは大切に持っていたいんですね。

心の make it count として。

もしかしたら、次の余震で死ぬかもしれない。

建物が崩れ落ちて、何もかも灰になるかもしれない。

そんな状況でさえ、ほとんど反射的にフロッピーディスクに飛びつき、持ち出しバッグに一番に詰めた自分自身に気付いた時、人生において一番大事なものは何か、何の為に生きているのか、改めて痛感しました。

この道の先、何があるかは分からないけれど、自分が書きためたもの、そして、それを真っ先に持ち出そうとした自分を大事にしたい、と心に決めたわけです。

右も左も分からない、若い時分には、いろんな人に、いろんな事を言われて、迷うし、傷つくし、その中で耐え抜ける人の方が稀です。

まあ、大人になっても、言いたい放題に言われて、心の安まる時などないですが、それでも、自分が大事に感じるものは大切にすべきです。

なぜなら、あなたの大事なものは、あなた以外の誰も守ってくれないからです。

周囲の圧力に負けて、大事なものを手放し、それはそれで納得したとしても、苦い思いは一生つきまとうかもしれません。

「これで良かったのだ」と理屈で言い聞かせても、魂の方は「本当は何がしたかったのか」きっちり覚えているからです。

原稿に限らず、家族でも、友人でも、極限下で真っ先にに守ろうとしたもの。

それがあなたにとって人生の核となるアイテムではないでしょうか。

追記; 

その時、持ち出したフロッピーの中に含まれていたのが、『曙光』の原稿です。

数十年の歳月を超えて、最高の作品になりました(^^)v

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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