シャイン ラフマニノフ ピアノ

芸術とは己の極限を目指すこと 映画『Shine』とラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番

シャイン ラフマニノフ ピアノ

一人の芸術家が、一つのテーマに挑む様は、凄まじくもあり、神々しくもある。

それは生活に役立つ道具を生み出すわけでもなければ、数十億の市場を作りだすわけでもない(スターウォーズみたいにヒットすれば、そうなるかもしれないけれど)。

正直、この世に美しい曲や物語が誕生したところで、不況や国際問題が解決するわけではないし、いきなり生活が豊かになるわけでもない。音楽や小説など、あっても無くてもいいものだし、まして数分で消えてなくなるライブの演奏など、どれほどの価値があるのかと思う。相手がマルタ・アルゲリッチほどの大物で、一夜で数千万だか数億だかのお金が動いて、音楽業界もウハウハとかいうならともかく、皆が皆、選ばれたスターじゃあるまいし、そんな事をして何の得になるの?と問われたら、まったくその通り。裏の畑でも耕した方がよほど世の中の為ではないかと思うことはたくさんある。

ちなみに寺山修司はこう書いている。

詩を作るより、田を作れ

「詩を作るより、田を作れ」という思想は、根本的には政治主義に根ざしたものである。それは「役に立つ」ということを第一義に考えた処世訓であって「詩なんかなくても生きることはできるが、田がなければ生きることはできない。だから、どうせやるなら自他ともに役立つところの、田を作る方に打ちこむべきだ」といったほどの意味である。勿論、ここでいわれる「田を作る」ということは比喩であって、「目に見えた効果、社会的に有効な仕事」といったことを指しているのであろう。(21P)

実際、他人に「役に立つ詩」は存在しないかも知れない。
詩は、書いた詩人が自分に役立てるために書くのであって、書くという「体験」を通して新しい世界に踏み込んでゆくために存在しているものなのだ。
だが、「役に立つ詩」はなくても「詩を役立てる心」はある。それはあくまでも受け取り手の側の問題であって、詩の機能をうらからたぐりよせてゆくための社会性の法則のようなものである。

人生処方詩集 寺山修司

世の中、田んぼ作りの達人ばかりでは、息苦しくて生きていけない。

水車もあれば、太鼓橋もある、多彩な景色が広がればこそ、心豊かに生きていける。

人間が本当に田んぼだけを求める生き物なら、壁画が描かれることもなければ、音階が作られることもなかっただろう。

芸術家が創造しようとしているのは、魂の部分であって、肉体ではない。

だから、自身の魂を削る。

苗木のように、元となる物質があるわけではないから、音や色彩に魂を注ぐ。

その為に命を落とそうと、悔いはない。

なぜなら、我が肉体の代わりに、音や色彩がその現し身となるからだ。

映画の中でパガニーニは言った。『永遠に生きてやる

そして、永遠に生きる。

時を超えて、人の心をかき鳴らしながら。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第三番について

1998年の初稿

ラフマニノフについて

ロシアの偉大な作曲家、セルゲイ・ラフマニノフ Sergei Rachmaninovは1873年ロシアに生まれました(1943年没)。
希代の名ピアニストでもあったラフマニノフは、名曲中の名曲『ピアノ協奏曲No.2』をはじめ、『交響曲No.2』、『ヴォカリーズ』、『ピアノ・ソナタNo.2』など、様々な傑作を残しています。
その哀愁に満ちた美しい旋律は、映画やCMのBGMとしても効果的に使われており、「曲名は知らなくても旋律は知っている」という人も多いのではないでしょうか。
誰もが生涯に一度は耳にするであろうラフマニノフの美しい音楽。
ここでは私の最愛の曲『ピアノ協奏曲No.3』と、これを題材にした映画『シャイン』をご紹介します。

【 ピアノ協奏曲第三番 】について

ラフマニノフは生涯に四つのピアノ協奏曲を書き上げました。
中でも最高傑作として知られている「第二番」は、世界中のピアニストがこぞって取り上げ、演奏会でもお馴染みのプログラムとなっています。
しかし、この後に書かれた【ピアノ協奏曲第三番】は、第二番に並ぶ優れた作品であるにもかかわらず、演奏される機会はうんと少なく、多くのピアニストがこの楽曲を前に足踏みしています。
それはこの曲が余りにも壮麗で、究極の技巧を要求される至難の大曲だからです。

「交響曲第一番」の不評から、作曲家としての自身を喪失し、強度の神経衰弱に陥ってしまったラフマニノフ。
しかしながら、彼は精神科医ダール博士の懸命の治療によって救われ、かの有名な「ピアノ協奏曲第二番」を書き上げました。
そして、その成功によって世界的な名声を得た彼は、アメリカの演奏旅行に招待され、この【第三番】の作曲に取り掛かります。

1909年、ニューヨークで、ラフマニノフ自身のピアノによって初演された【第三番】は大好評を博し、彼の名声を盤石のものにしました。
「第二番」のロマンティックで美しい世界をさらに昇華した【第三番】ですが、ラフマニノフが自らのテクニックを最高に発揮できるよう意図されたピアノ・パートは、いっそう困難な技巧が用いられ、ピアニストにとって一つの試石となっています。

現在では、ウラディミール・アシュケナージをはじめ、マルタ・アルゲリッチ、エフゲニー・キーシン、アレクシス・ワイセンベルク、エミール・ギレリス、ホロヴィッツといった世界に名だたるピアニストが、多くの優れた録音を残しています。

エミール・ギレリスのラフマニノフ

私が一番最初に聴いたのが、エミール・ギレリスの演奏でした。ギレリスの若かりし日の録音です。
ベートーヴェン弾きとして名を馳せるギレリスですが、こちらも非常に力強く、情熱的な名演です。

特に、第1楽章の独奏部――映画『Shine』の中で、デヴィッドが激しく陶酔してゆく非常に難解なカデンツァ――の怒濤のような展開に圧倒されること間違いなし。

Spotifyに全曲アップされているので、ぜひ聴いてみて下さい。ギレリスらしい真摯な響きが味わえます。

音源はこちらです。

ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第3番』、サンサーンス『ピアノ協奏曲第2番』他 

アシュケナージのラフマニノフ

世にラフマニノフの名盤は数あれど、「第3番」に関してはこのアシュケナージ盤がおすすめ。
少女漫画のようにロマンティックでありながらテクニックは上等で安定感がある。
第一楽章の独奏部のカデンツァなどは「竜崎麗華(お蝶夫人)・花の舞」といった感じだ。
「こだわり」のある人には物足りないかもしれないが、大衆受けするムーディーな演奏であり、初心者にはもちろん、耳の肥えたクラシック・ファンにも心地よい一枚である。
構えて聴くより、BGM的な感じでさらっと聴くのがいいかも。
特に第三楽章に関しては、アシュケナージの持ち味がいかんなく発揮されて、これ以上ない美しさに仕上がっている。
カップリングの『パガニーニ』もおすすめ。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
by (CD)
定価  ¥1,415
中古 37点 & 新品  ¥245 から
 (0 件のカスタマーレビュー)

Spotify(欧州)でリリースされているジャケットは異なりますが、内容は同じです。(ハイティンク指揮)

同時収録の『パガニーニの主題による狂詩曲』はこちら。(ハイティンク指揮)
https://open.spotify.com/track/13u1OsvOcP5u2CYfzu7C91

アシュケナージのラフマニノフ『ピアノ協奏曲1~4』と『パガニーニの主題による狂詩曲』、ピアノ・ソナタ、等、ラフマニノフの全てが収録されたアルバムはこちら。
ピアノ協奏曲に関しては、ハイティンク指揮とプレヴィン指揮、両方が収録されています。なんとCD11枚組のボリュームです。

他にも、Spotifyには歴史的な録音が揃ってますので、根気よく探してみて下さい。

映画『Shine』とピアノ協奏曲第三番

ラフマニノフの【第三番】を題材にした作品として、最も有名になったのは、1997年アカデミー主演男優賞をはじめ、数々の映画賞を総ナメにしたオーストラリア映画「Shine(シャイン)」ではないでしょうか。

本国はもちろん世界中で絶賛を浴び、【第三番】はもちろん、モデルとなった実在のピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの名を一躍有名にした映画「シャイン」は、ピアノとラフマニノフをめぐる彼の数奇な運命が描かれています。

STORY

オーストラリアに住む移民の子、デヴィッド・ヘルフゴットは、幼い頃より、厳格で音楽に造詣の深い父からピアノを教わっていました。
彼の才能に震撼した音楽教師は、「デヴィッドはコンクールで賞のとれる子だ。ぜひ、私に預けてください」と申し出ます。
が、頑とした信念をもつ父はこれを拒み、あくまで自分自身でデヴィッドを育てようとします。

しかし息子にラフマニノフを弾かせたい父は、ある日、音楽教師の元を訪れ、「ラフマニノフを教えてやってくれ」と頼みます。
音楽教師は、「子供にあんな情熱的な曲は無理だ。まずはモーツアルトから……」と言い聞かせ、デヴィッドを預かるのでした。

デヴィッドはめきめきと上達し、数々のコンクールで入賞するようになります。
そんな彼にアメリカの音楽学校から招待が舞い込みますが、デヴィッドを手離したくない父は、息子の気持ちなどお構いなしに、これを撥ね付けてしまいます。

青年になったデヴィッドは、親交あるロシアの女流作家の支えもあり、ついに父から離れることを決意し、ロンドン王立学校に旅立ちます。
名教授の元で研鑚をつむデヴィッドは、ピアノ協奏曲コンクールの最終選考に残りました。

彼が選んだ演目は、「ラフマニノフの第三番」。
教授は、「第三番は大曲だ。正気の沙汰じゃない」と懸念しますが、「では正気でなければいいんですね?」とデヴィッド。

コンクールに向けて、壮絶な練習が始まりました。
絡み合う旋律、嵐のようなカデンツァ。
デヴィッドは全身全霊をかけて、この大曲に挑みます。

「まずは正確に暗譜を! 指使いを覚えるのだ! 目隠ししても弾けるように! そうすれば音楽は自然にハートからあふれ出す」。
教授の言葉どおり、目隠ししてピアノに向かうデヴィッド。
彼の頭の中は「第三番」で今にも弾けそうでした。


 

コンクールが近づくと、教授はデヴィッドに、「素晴らしい演奏をした記憶は永遠に残る。次は君の番だ」と言って励まします。
デヴィッドはステージに立ち、ピアノに向かうと、その鍛えぬかれた指先からラフマニノフの世界を見事に作り出します。

もはやこの世を離れ、音楽という至上の世界に全身全霊を捧げ尽くすデヴィッド。
彼の演奏は万雷の拍手でもって称えられます。

しかし、その直後、デヴィッドは張り詰めた心の糸が切れたようにステージに倒れてしまいます。
デヴィッドは傷つき、疲れ果て、父の元に返ってきますが、父は自分から離れた息子を決して許そうとせず、冷たく突き放します。

精神を病んだデヴィッドは十年間も病院で過ごしました。
ピアノを弾くことは禁じられ、外に出ることさえ許されません。

そんな彼を気の毒に思った婦人が彼を引き取りますが、もはや普通の日常生活さえままならぬ彼と一緒に暮らすことはできず、彼は新しい身元引受人に託されます。

が、そこでも夜中にピアノを弾きまくって引受人を怒らせ、とうとうピアノの蓋に鍵をかけられてしまう始末。
それでもデヴィッドはピアノを求めて、あるレストランに飛び込みます。

みずぼらしい闖入者に野次をとばした客たちも、彼の『くまんばちの飛行』を聴くやいなや、その素晴らしさに圧倒され、心から拍手を送ります。

もう何ものにも脅かされることなく、自由にピアノを弾ける場所を見出したデヴィッドは『輝き=Shine』を取り戻し、自分の為、そして聴衆の為にピアノを弾き続けます。

やがてデヴィッドは、生涯の伴侶となるギリアンと巡り合い、結婚。
彼女の深い愛に支えられ、再びステージに立つのでした。

話を聞かせてキャサリン

映画ではラフマニノフにフォーカスされていますが、サウンドトラック自体も素晴らしいです。

青年期のデヴィッドを勇気づける作家のキャサリンとの触れ合いを描いた場面。

吹替盤では、次のような台詞が入ります。

あなたの弾くピアノって、言葉では表せない何かを完璧に表現している
神々しいわ

キャサリン、話を聞かせて。しずくの話なんかどう?

私は人生の野に咲く草花を
あなたの為に摘みました
そしてあなたの足下に捧げましょう
それは香料でも没薬でもない
あなたはクリシュナであり キリストであり ディオニュソス
あなたの美と優しさと力
花のように

ギャラリー

デヴィッドに優しく指導する音楽院の先生。
シャイン ラフマニノフ

リストの『ラ・カンパネラ』を弾きながら、一緒に足でテンポをとる場面が素敵。
シャイン ラフマニノフ

凍てつくように寒いアパートの一室で、手袋の指先を切り、ラフマニノフを練習するデヴィッド。アプライトのピアノの響きも味があります。
シャイン ラフマニノフ

シャイン ラフマニノフ

床を叩いて、イメージトレーニング。いつも鍵盤に向かうだけでなく、理想の音を思い描くことも重要。
シャイン ラフマニノフ

青年期を演じたノア・テイラーの陶酔っぷりも演技とは思えません。ここまで役柄と音楽に入り込めたら、いっぱしのピアニストといっても過言ではないほど。

シャイン ラフマニノフ

映画『Shine』に関するCD・DVD

数奇な運命を辿った実在のピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴッドの半生を綴った伝記的作品。
単なるピアニストのドラマを超えて、この映画の精神的シンボルである、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番への思い入れたっぷりの作品に仕上がっています。
とりわけ青年期を演じるノア・テイラーの、ラフマニノフに陶酔していく演技が素晴らしい(とても吹き替えとは思えない熱演)。
第1楽章の難解なカデンツァに挑む場面は、ラフマニノフ・ファンにはこたえられない迫力。
また音楽の使い方も非常に効果的で、デヴィッドの弾く美しいアダージョをラジオで聴きながら、思わず涙をこぼす父親の姿には胸をしめつけられます。
ラフマニノフ・ファンのみならず、クラシックに興味のない方でも感動が胸を打つ秀作。

日本では映画音楽のサウンドトラックと、曲中で使用されたクラシック音楽の全曲集と、二つに分けて販売されていると思います。
欧州Spotifyでは、その両方を網羅したフルアルバムが配信されています。
「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番」はもちろん、「子供の情景」「くまんばちの飛行」「まことのやすらぎはこの世にはなく」など、あの印象的な旋律の全曲が収録されています。

映画「シャイン」オリジナル・サウンドトラック
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シャイン ラフマニノフ ピアノ
更新情報や引用など
>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属ニムロディウムをめぐる企業と海洋社会の攻防を舞台に描く人間ドラマ。生きる道を見失った潜水艇パイロットと愛を求めるフォルトゥナの娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
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