己の美学のままに アレクシス・ワイセンベルクの『ラフマニノフ ピアノソナタ 第二番』

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哀愁のラフマニノフ 『ピアノソナタ 第二番』

『哀愁』という言葉はラフマニノフから教わった――

その極美は、『ピアノソナタ 第二番 第二楽章』だと思う。

最初に聞いたのは誰の演奏だったか、自分でも憶えてないが、購入したのはアレクシス・ワイセンベルクのCDだ。

アレクシス・ワイセンベルクについて

アレクシス・ワイセンベルクは、現代におけるヴィルトゥオーゾ・ピアニストの一人である。
超絶的な技巧の持ち主で、しかもピアノという楽器から非常にダイナミックな響きを作り出すが、その演奏が常に爽快に感じられるのは、その技巧の自然さと音楽の流れのよさによるものと思う。
とくに作品全体が華やかな技巧をもっている場合には、いっそうそうした特徴が彼の演奏によく表れるが、ここでのラフマニノフのソナタは、その典型的な演奏といえる。

このラフマニノフでもっともすばらしい点は、作品のもつ音楽的な推進力を思い切って表現しているところにある。
じつはそれを行うためには、この難しい技巧を完全に制した餓えでの余裕がなければならない。
音楽が自動的に独り歩きしていくのに何の抵抗も与えぬだけの技巧のゆとりといってもよかろう。
ワイセンベルクの演奏には、まさにそれが備わっているから、聴いていて圧倒されると同時にラフマニノフの音楽の中に引き込まれるのであって、そこにワイセンベルクのヴィルトゥオーゾ性があるといえる。

ワイセンベルクは、1929年にソフィアに生まれたブルガリア出身のピアニストだが、戦後は主に欧米で活動している。
10代ですでにアメリカでデビューし、しばらくアメリカで活動していたが、その後約10年間、自己研修の期間をもうけ、その間にパリに移っている。

1966年から再び演奏活動を開始し、ヘルベルト・フォン・カラヤンに認められたこともあって、その後、一気に世界楽壇のスターダムにのし上がった。

バッハからストラヴィンスキーに至る広いレパートリーをもっている。

CD『ラフマニノフ:ピアノソナタ 第1番&第2番』 ライナーノーツより 渡邊學而

その他の楽曲はこちらで紹介 → アレクシス・ワイセンベルクの魅力 ドビュッシー名曲集より

しかしながら、アレクシス・ワイセンベルクが録音した『ラフマニノフ ピアノソナタ 第一番&第二番』は日本の音楽市場から姿を消して久しい。

Amazonにも無いし、Spotifyにもない。

YouTubeにファンがアップロードしているのが最後、忽然と消えてしまった。

ワイセンベルクの死後にリリースされたアンソロジーも探したが、どこにも収録されておらず、幻の逸品となってしまった。

演奏が演奏だけに、リクエストも少ないのかもしれない。

コメントでも、too fast だの、Hammer だの、the speed junkiesだの、辛口コメントが並んでおり、アシュケナージやホロビッツなどの演奏に親しんでいる人には粗雑に聞こえるのだろう。
(※USのAmazonでは販売されている)

アレクシス・ワイセンベルク ラフマニノフ ピアノソナタ

アレクシス・ワイセンベルク ラフマニノフ ピアノソナタ

確かに、速いといえば、速い。

下方に、アシュケナージとホロヴィッツの演奏も掲載しておくが、あれらに比べたら、スピード・ジャンキーといわれても仕方ない。

しかし、ワイセンベルクの演奏にも美学はあり、一つの解釈として聞けば楽しい。

ワイセンベルクの演奏 【YouTubeより】

第一楽章。
のっけからビンビンに飛ばしてます。
苦手な人は、導入部を聞いただけで拒否反応を起こすはず。気持ちは分かるが、もうちょっと待って欲しい。
どうしてもムリという人は、第二楽章に飛んで下さい(´。`)

第二楽章。
私の中で、ラフマニノフのイメージを大きく変えたのが、この演奏。
たっぷりと叙情的に弾く人が多い中、ワイセンベルクのLentoは一つ一つの音がきらきら輝くようで、特に高音の美しさは白眉のもの。

中間部(約2分)の、ためて、吐いて、重ねて、ためて、の、緩急もよい。

約3分20秒あたりの、音の洪水みたいな弾き方も、ワイセンベルクらしくて圧巻だ。

ピアノがグヮングヮンと鳴り響くのもご愛敬。

きっと、彼の中では、この箇所が一番盛り上がるんだろう。

だが最後は、一音一音まで、とても丁寧で、まとめ方も上手い。

都会的というか、現代的というか、こういうラフマニノフがあってもいいと思わないか。

こんなのはラフマニノフじゃない、という玄人の意見も分かる。

しかし、ベタベタと情に訴えるだけがラフマニノフではない、と思うのだ。

冒頭を聴けば分かが、ワイセンベルクの『哀愁』は、誰もがイメージする演歌的な音色ではなく、パリの秋空みたいに、どこか洒落ていて、天まで突き抜けるような広がりがある。内に沈み込むような演奏が多い中で、ワイセンベルクは、ラフマニノフをドビュッシーのベルがマスク組曲のように弾く。さながら音と戯れるように。

しかし、ちゃんと、音と音の会話になっているはずだ。

右手が何かを語れば、左が受け止める感じ。

曲自体は哀しいが、最後に少し希望があって、音の向こうから光が差してくる。

全力で泣いた女の子が、ふと顔を上げて、涙を拭うような明るさだ。

第二楽章に関しては、曲の締め方が非常に上手い。

第三楽章。

第二楽章の主題を繰り返しながら、突然、グワ~ンと、いつものワイセンベルク節が入るので、嫌いな人は嫌いだろう。
最後も爆発しとるし。

アシュケナージの演奏に比べれば、「ああ、これぞラフマニノフ」と思うかもしれない。

しかし、正しいだけが音楽か?

そもそも音楽における”正しさ”とは、何なのか?

その点、どや顔で、ビンビンに弾き飛ばすワイセンベルクにも美学はある。

世の評価がどうあれ、真っ直ぐに己の道を突き進む美学だ。

なんちゃってアシュケナージや、なんちゃってホロヴィッツは大勢いるが、「なんちゃってワイセンベルク」は聞いたことがない。

それだけ特異で、音楽性が際立っている証ではないか(好きか嫌いかは別として)。

音楽を奏でるからには、「聴衆を感動させる」のが第一義だろうが、自分の為に奏でる音楽があってもいいと思う。

その結果、誰かが振り向いてくれたなら、それこそ本当の愛ではないだろうか。

ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 作品36 について

『ピアノ・ソナタ 第2番』は、第1番から6年後の1913年に作曲されている。ラフマニノフは、しだいにピアニストや指揮者としての活動が忙しくなり、創作に専念する時間がなくなってきたために、1912年暮れから思い切って家族とともにスイスからイタリアへ旅行に出かけた。そしてローマでは、ピアッツァ・ディ・スパーニャにある住居を借りて創作に打ち込んだ。この住まいは、以前長らくモデスト・チャイコフスキーが所有していたもので、そのために作曲家チャイコフスキーもしばしば滞在していたところである。

このローマで彼は2曲の大作を作曲し始めた。ひとつは合唱交響曲≪鐘≫であり、もうひとつがこのソナタである。しかしローマ滞在も約2ヶ月経ったころ、ふたりの娘、イリナとタチャーナがチフスにかかったために、彼らはローマを引き払ってベルリンで治療することになった。その後ロシアに帰り、これらの作品の創作を続けて、1913年の夏には≪鐘≫を完成し、そのあと秋になってからソナタ第2番も仕上げている。そしてピアノ曲としては、練習曲≪音の絵≫第1集作品33(1911)と同第2集作品39(1916-17)の間の時期にあたる。

初演は、この年の12月16日に作曲者自身の演奏によりモスクワで行われ、この曲はかなりの好評をもって迎えられた。この版は、翌1914年に出版されたが、ラフマニノフはそれから18年も経った1931年に、このソナタを大幅に改作している。そのころラフマニノフは、次のように言っている。

「私の以前の作品を見るにつけ、その中にはあまりにも無駄なものが多いように思います。このソナタも例に漏れず、同じような音楽の運びがたくさんあり、長すぎます。ショパンのソナタは、19分しか要しないのに、それですべてを語っています」

そこでラフマニノフは、全体を約5分の4に縮小した改訂版を作り、この年に出版している。ワイセンベルクが演奏しているのは、この改訂版の方である。これにより構成的には音楽が引き締まったが、その代わりにいくつかの魅力ある部分が落ちてしまったとして、ウラディミール・ホロヴィッツがさらに補訂したホロヴィッツ版というのもある。

CD『ラフマニノフ:ピアノソナタ 第1番&第2番』 ライナーノーツより 渡邊學而

アシュケナージとホロヴィッツ

アシュケナージのピアノソナタ 第2番 第一楽章。

第二楽章。
さらにスローテンポで、語りかけるような演奏が印象的。
ワイセンベルクがたたみかけるように弾く中間部の盛り上がりも、一音、一音、丁寧に奏で、模範的な演奏です。

第三楽章。
私にも分かる。これがきっと正当なんだろう、って。
高音のさばき方が、ああ、ラフマニノフやね、ピアノ協奏曲を思わせるね、
これほど説得力のある演奏もまたとなく、万人が支持するのも納得。
ラフマニノフ・ファンなら、皆、通る道です。

ホロヴィッツのピアノソナタ 第2番 第一楽章
ただ単に私とは相性が悪いというだけの話。。。

第二楽章。
遠い夢でも見ているような、叙情的な演奏。
こちらは、しっとり雨模様ですな。
ワイセンベルクとはまったく解釈が異なります。

第三楽章。

ワイセンベルクのおすすめアルバム(Spotify)

ワイセンベルクさまがお弾きになるショパン。

のっけから、昼メロかよ! と突っ込みを入れたくなるような、激甘ショパン。

ポリーニみたいな優等生の演奏に親しんでいると、ワイセンベルクさまのショパンはさながら宝塚歌劇ですよ。

びんびんに弾き飛ばすラフマニノフからは想像つかない、チャーミングなショパンです❤

セザール・フランクの『前奏曲、フーガと変奏』の「変奏」。まるで映画音楽のように繊細でスウィートなメロディに、ワイセンベルクさまが己を滅して(?)ロマンティックに弾きあげる。……いやいや、これがほんとのワイセンベルクさまなのですよ。ラフマニノフは指がすべったか??

パンチョ・ヴラディゲロフの『Improvisation』。ドビュッシーのようでもあり、ラヴェルのようでもあり。
映像的な美しさはワイセンベルクさまの真骨頂。光が跳ねるような、透明感あふれる演奏です。

初回公開日 2014年

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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