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施工管理の面白さ ~建物に人が集まれば社会が形成される

2020 7/01
目次

【建築コラム】 建築は公共の芸術

建築というと、一般には独創的なアートをイメージしますが、本当に優れた建築は個人の得手勝手な作品ではなく、常に人々と共にあるものです。その地に暮らす人、その建物に住む人、人間を無視して、何でも素敵なものを作ればいい……というものではありません。『安藤忠雄の連戦連敗』にも書いているように、優れた作り手は常に人と社会を見つめ、その未来を考えています。数十年先、数百年先まで、社会や人生の礎となる責任があるのです。

本作では、デフォルメされたキャラクターとして、有名建築家のフランシス・メイヤーが登場します。彼のデザインは非常に素晴らしいが、人も社会も見ていません。自分のデザインした建築物によって、町や人々がどうなろうが、知ったことではない。それが自分のキャリアに結びつけばいい、という考えです。

対して、ヴァルターは、決して建築の専門家ではありませんが、本質は理解しています。

そんな彼の支えとなるマックスとエヴァも、人や社会と共に歩む建築を志しています。

絵や音楽と異なり、一度作ってしまったものは、そう簡単に取り消せない。

だからこそ、建築に携わる者は、いっそう公共の福祉、人の幸福といったものに高い見識が必要なのです。

【小説の抜粋】 文明とは何か ~Civilizationと施工管理

マリン・ユナイテッド社で働く施工管理士のマックス・ウィングレットとフリーの建築士エヴァの招きで、ヴァルターはアステリアのもう一つの島、ローランド島を訪れる。平坦なローレンシア島と異なり、島面積の80パーセントが山地で占められ、険しいリアス式海岸で囲まれたローランド島では局所的な観光化が進み、商業施設の建設が急ピッで進んでいた。

西側の拠点、ポートプレミエルに近い住宅地サマーヴィルの自宅でくつろぐ傍ら、マックスはポートプレミエル最大の商業複合施設ハーバータウンと高級リゾートホテルの建設現場を見せ、施工管理の面白さを説く。

このパートは『海洋小説『曙光』(第三章・海洋情報ネットワーク)』の抜粋です。作品詳細はこちら

縦書きPDFで読む(Google Drive)

マックスはサマーヴィルの一般道から三車線の湾岸道路に合流すると、一気に加速した。

湾岸道路を北に向かって十分も走ると、左手に開発中の《ハーバータウン》が見えてくる。一・五平方キロメートルの敷地には何基ものタワークレーンが天高くそびえ、槌音が軽快に響き渡っている。また縦横に張り巡らされた作業用道路には、建築資材を運ぶ大型トラックやパワーショベル、ロボットアームを備えた双腕重機や杭打ち機が土煙をあげながら絶え間なく行き交っている。

マックスの話では、ハーバータウンは「娯楽」「宿泊」「コミュニケーション」「オフィス」「住まい」の五つのブロックに区画され、港湾のターミナルビル周辺はもう八割方、完成しているという。

売り物は人工河川に囲まれた高層の『ハーバーグランドホテル』と、ショッピングモールやコンベンションセンターを併設した『ハーバーセンター』だ。「水と緑の臨海タウン」「家族にやさしい町」のイメージ通り、テーマパークのように開放的なデザインで、豊かなグリーンとリラクゼーションスペースが設けられている。

マックスは白いOPERAを工事関係者の専用道路に乗り入れると、徐行しながら誰かに電話をかけ、「オレだ。今からそっちに行くから、通用門を開けておいてくれないか。何だって? そんなもんタイルと同じ色に決まってるだろ。それよりフィットネスのパウダールームの内装はどうなった、この前手配したシーリング材だ。まだ届いてない? もう一度、業者に催促しろ。ところでディックはいるか? ああ、オレだ、先日、問題になった配管のことだが、今日の午後三時に担当が来るそうだ、事前に何枚か写真を撮って共有フォルダにあげといてくれ。うん、そうだ、期日は年内と言っておけ、それからな……」

一件、乱暴な感じもするが、頭の中に数十項目に渡る工程表が洩れなくインプットされ、パズルピースを組み合わせるように現場を統率する様が覗える。

「施工管理の仕事は面白い?」

「面白いとか、面白くないとかの問題じゃない、『やらねばならぬ』の世界だ。一つ一つに莫大な金が掛かってる。設計と違って、いったん施工したものはやり直しが利かないからな。ひと度現場を任されたら図面通りに仕上げるだけだ」

「どうしてこの仕事を?」

「単純な話さ。オレが子供の頃、街の裏手に広大な裸地があった。

サッカー場が幾つも作れるほどの空き地だ。それが土地開発の対象になり、あっという間に集合住宅やショッピングセンターが建てられた。わずか数年の間に何百という人が移り住み、一つの町が生まれたんだ。

その様をつぶさに見ながら思った。これこそまさにcivilization(シビリゼーシヨン)だと。

これだけ大きなプロジェクトを誰がどんな風に管理するかに興味が湧いた。十五になったら、ほとんど迷わずにその道を行ったよ。

まるでブルドーザーに導かれるみたいに」

「その気持ちは分かるよ。俺も干拓地で育って、土木技師の父親からしょっちゅう堤防や治水の話を聞かされて育った。同時に不思議だった。なぜ人々はそうまでして水害と背中合わせの低地に住み続けるのか。運河を引き、堤防を作り、『水を治める技術』を駆使して低地に国土を形成した。人間というのは、そうまでして生まれ育った土地に愛着を抱くものなのかと」

「『この世界は神が創り給うたが、ネーデルラントはネーデルラント人が作った』という諺があるな」

「俺の一番好きな言葉だ。あの国の全てを物語ってる」

「ところで、夕べは眠れたか?」

「ぐっすりと」

「元気になって本当によかった。やはり仕事は人を変える。オレも現場でいろんな人間を見るが、仕事が合うと人は見違えるように生き生きしだす。お前も故郷に心残りはあるだろうが、人生の好機と受け止めて、腰を据えて頑張れよ。アル・マクダエル社長の直下で仕事が出来るなんて、願っても叶うことじゃないぞ」

「……そうだな」

「オレだって好きで故郷を出たわけじゃない。年老いた両親もいるし、エヴァの父親も持病があって、この先どうなるか分からん。だが、雇われ人として生きていくなら、流れに従うしかない。自分の都合よく生きられる人間など一握りだ」

「……」

「せっかく掴んだチャンスだ。自分で壊すような真似はするなよ」

マックスはスタッフ専用駐車場にOPERAを停めると、二階建てのプレハブのオフィスに彼を案内した。

マックスの執務室は二階の突き当たりで、薄暗い部屋に書類や設計図が山積みになっている。

壁には長さ三メートルはある《ハーバータウン》のパノラマ図が張り出され、完成後のさざめきが今から聞こえてきそうだ。

「ここがリゾートエリア。俺の持ち場だ。完成すれば『ハーバープラザ』と呼ばれるようになる。メインは庶民向けのリゾートホテル『ハーバーグランドホテル』だ。既に八割完成してるが、肝心の浄水システムで手間取っている。あの巨大プールに水を張れないことには、リゾートホテルの意味を成さないからな。続きの三階建てがショッピングセンターで、シネマやボーリング場も併設する。こっちのサンシャイン広場はマリーナ、キッズパーク、アクアリウム、何でもありだ。一日かけても遊びきれない」

「お客は何処から?」

「今のところ八割はトリヴィアだが、いずれあちこちから押し寄せる。政府も本腰入れて宣伝してるからな。ちなみにハーバーグランドホテルは四月一日にオープン予定だが、既に予約でいっぱい、オーシャンビューのスイートルームは三ヶ月待ちだ」

「えらく盛況だな」

「いずれローランド島がアステリアの中心になる。娯楽施設だけじゃない、官庁や有名企業が入居予定のインテリジェントビルも続々と建設中だ。今にすごいことになるぞ」

「すごいこと?」

「そうだ。来年末から再来年にかけて、建設中のリゾート施設やオフィスビルが一斉にオープンする。観光客だけでなく、それに従事するスタッフとその家族も流れ込んでくるからな。それに追随して、また別の産業が枝葉を広げる。食品、衣料品、家具、家電、定住者の生活に密着したサービスだ。人口も右肩上がりに増えて、ますます用地の争奪戦が激しくなるだろう」

「島の内側に向かって用地を拡張できないのか?」

「ローランド島は八〇パーセントが山地だからな。岩盤も固いし、起伏も激しい。山を切り崩すにも限度がある。土砂災害の危険も増すし、用地の保全に経費もかかる。それより沿岸部を活用する方が手っ取り早い。ここでは人は海上に暮らすようになるだろう。その技術も研究が進んでいる」

「だが、水上ハウスには危険も多いとエヴァが言っていた」

「あいつは何でも大袈裟なんだ」

マックスは苦笑しながらデスクトップのモニターに幾つかのCG画像を映し出した。

「水上ハウスの技術もデザインも日々進歩してる。これなんかリゾートホテルみたいに洒落てるだろ。ステラマリスの有名なハウスデザイナーが設計したフローティングハウスだ。石油プラットフォームみたいに鋼製杭で海底面に固定する。最大水深五メートルの海上に設置可能だ。電気は甲板の庭に埋め込んだソーラーパネル、水はフロート底部に取り付けた淡水化装置で作り出す。甲板にはジェットバスもインストールできる。人目がないからリビングも全面ガラスウォールで、日中の採光も照明要らずだ。夜には甲板庭をライトアップして、ダンスパーティーもできる」

「でも、庶民には高すぎるだろう」

「これは最高級バージョンだ。一般向けはこっち。甲板庭もないし、外観も箱型で見劣りするが、ソーラーパネル、浄水システムなど一通りの生活機能が備わっている。いずれアステリアではフローティング式が主流になるだろう。世界でも稀に見る海上共同体の誕生だ。それも一つの在り方だ」

「それはそうだが……」

「問題は、一日も早くデータを揃えて分析し、徹底した建築基準を設けることだ。今のように『なあなあ』では、五年後、十年後、どんな災害が起きるか分からない。水上で漏電でもしてみろ。どんな悲惨な目に遭うか、お前でも容易に想像がつくだろう。電気設備に限らず、浄水、防食、建材、杭の打ち方から安全柵の寸法に到るまで、全てにおいて発展途上だ。エヴァが聞いた話では、予算が足りないと浄化装置を取り付けず、生活排水を海中に垂れ流している水上ハウスもあるらしい」

「行政の指導や調査は全く入ってないのか?」

「年に何回かは住宅やメーカーに調査が入ってるらしいが、どこまで詳細に調べているかは分からない。ああいうムーバブルタイプの水上ハウスが登場してから、まだ七年ほどしか経ってないからな。今の建築基準で本当に十年、二十年と持ち堪えるのか、未知数の部分も多い。いずれ海上生活者が倍増すれば、監督機関も重い腰を上げるだろうが、それもいつのことやら。とにかく周りは開発一色だ。十年先、二十年先の事など何も考えてない。一つ一つデータをアーカイブして、適宜、分析に回してるのはうちの会社ぐらいだよ」

「アーカイブ?」

「そうだ。ありとあらゆる問題を画像、ビデオ、テキストなど、いろんな形で記録してアーカイブする。今すぐ役に立たないデータでも、長年、蓄積して分析すれば、未来の技術に活かせるというのが、うちの社長のポリシーだ。七年前から現場で義務化されてる。今では関連会社も品質管理の一貫として手法を取り入れているよ」

「見所のある社長だな」

「というより、示唆したのはアル・マクダエル理事長だ。それに社長が賛同して、ノウハウを真似している。『転ばぬ先の杖の杖』らしい。ともかく、オレの現場に案内しよう。まずは目玉のハーバーグランドホテルから。世にリゾートホテルは星の数ほどあるが、魚のいない海と向き合ってるのはここだけだ」

マックスが笑うと、彼も同意した。

「お前、海洋学部だろ? 魚を繁殖させるのは無理か?」

「そう簡単にはいくまいよ。養殖池で限られた品種だけ飼育するならともかく、ステラマリスの海洋生物環境をそっくり持ち込むのは不可能だ」

「やっぱりそうか。久しぶりに生牡蠣(オイスター)が食いたいんだが、十年待っても無理そうだな」

二人は顔を見合わせて笑うと、オフィスを出てハーバーグランドホテルに向かった。

【リファレンス】 斬新なデザインと実際の住み心地

未来の建築デザインも見ていて飽きないですよね。
『絵』としては、どれも斬新で、ユニーク。
絵だけなら、どんどん描けます。
だけども、実際にそこに住み、地元の経済や社会や環境にどんな影響を与えるか……となれば、別次元の問題です。
そのあたりが個人の芸術作品との大きな違いです。

その他の建築コラムはこちら → 『建築談義と社会批評

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このパートは『海洋小説『曙光』(第三章・海洋情報ネットワーク)』の抜粋です。作品詳細はこちら

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