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貞子のリング

貞子の『リング』 ~「自分さえ良ければ」の連鎖~

貞子のリング

私がこの記事を書いたのは、某大手紙の育児系掲示板で、

「バンドに所属して、楽器演奏しています。週に三回、夜に二時間ほど、実家や義家族に子供を預けて、練習をしています。公演も頻回です。もっともっとレベルアップしたいので、練習時間を増やしたいのですが、子供を預けながら趣味に打ち込むことに躊躇いがあります。どうすべきですか」

という質問に対し、

「自分の趣味に打ち込んだ方が、お母さんも生き生きして、子供に優しくできます」

「そのうち子供も理解して応援してくれますよ」

「自分のやりたいこと我慢して、家にじっとしていても、虐待するだけです」

というレスが大半で、それにエクスキューズする声がほとんどなかったのがきっかけでした。

もちろん、趣味に打ち込むのは本人の自由なのですが、私がどうにもこうにも気になったのは、その人の悩みというのが、「子供を預けて趣味に打ち込む事に対する世間体の悪さ」であって、「子供の気持ちがどうこう」ではなかった点です。

「子供も実家や義家族に馴染んでいるし、親も孫の面倒が見られて嬉しそうだから」

というのが相談者の主張でしたが、

親がきらきら輝いて、周囲も納得ずくなら、何をやってもいいのかな、って。

「子供もいろんな人に愛されて幸せそう」って言うけれど、それ、どこまでホントなの、って。

いろいろ疑問に思わずにいられなかったんですね。

だって、子供の本音など、確かめようがないでしょう?

子供は親に違和感や抵抗を感じても、正直には答えませんよ。

何故って、親の不興を買って、罵られたり、大好きなものを取り上げられたり、自分が傷つくのが目に見えているから。

*

でも、今は相談主のような考えが主流で、

「我慢は虐待に繋がる、だから私は自分のしたいようにする」

というのが、一つの正義になっています。

そして、それはその通りかもしれません。

親が心理的にも社会的にもストレスフリーなら、虐待も起きませんから。

しかし、目に見える虐待(あるいは親の考える虐待)が起きないからといって、果たして、子供も救われるのでしょうか。

で、今回の記事に続きます。

数年前、日本で大ヒットした鈴木光司さんのホラー小説『リング (角川ホラー文庫)』。

内容は知らなくても、「貞子」というお化けの名前は知っている人が多いのではないでしょうか。

理不尽に殺害された貞子の怨念はビデオテープに乗り移り、そのビデオテープを目にした人は7日後に死ぬ定めにあります。

呪いを逃れるには、ビデオテープをダビングして、他の人にも見せるしかない。

しかし、ビデオテープを見せられた人は、貞子の呪いから逃れる為に、また新たにビデオをダビングして、他の誰かを探さなければならない。

こうして、どんどんダビングテープが増殖し、呪いはとどまるところを知らない……という物語です。

この作品は、日本ホラー・ブームの火付け役となり、ハリウッドでもリメイクされるほど話題になりました。

公開当時は、貞子の異様な造形や、松嶋菜々子のスター性ばかりが前面に押し出され、(映画に関しては)正直、何が面白いのか、さっぱり分からなかったのですが、Amazon.comのレビューで、「『リング』の根底にあるのは、『自分さえ良ければ、他人はどうなってもいい』という利己主義である」という一文を目にして、全てに納得がいきました。

貞子や呪いのテープは、あくまで作品を盛り上げるユニークな演出に過ぎない。

物語の根底にあるのは、『自分さえ良ければ』の連鎖(リング)ということです。

Amazonのカスタマーレビューにもあったように、そこに「見せられた人」の気持ちや立場は少しも考慮されていません。

自分さえ助かればそれでいい」、その利己主義の連鎖が貞子の呪いそのものである、ということです。

映画のラストで交わされる女子高校生の会話、

「(ダビングして他人に回していたら)それじゃあ、キリがないじゃない」

「でもさ、自分が死にたくなかったら、やるでしょ?!」

それが問題の本質を物語っています。

それに対する異論も反論も存在しません。

「そんなの、見せられた人が可哀想じゃん?」「でも、ダビングして、誰かに見せなかったら、自分が死ぬんだよ。それでもいいの?」と言われたら、みな、ぐうの音も出ないのではないでしょうか。

*

昨今は母親の虐待問題がクローズアップされるせいか、

「自分のやりたいことを我慢していたら、かえってストレスが溜まって、子供を虐待してしまう可能性がある」

「だから、母親も自分のやりたいことをやって、生き生きしてい方るが、子供にとっても幸せである」

「自分の輝く姿を見れば、子供も納得する」

というような論調が数多く見受けられます。

確かに、それも一理です。

親が心理的にも経済的にも追い詰められていては、子供のイタズラを許す余裕も生まれません。

ぎゃーぎゃー泣き叫ぶ声はストレスでしかないでしょう。

かといって、そこで開き直って、「自分の好きなことをすれば、子供にも優しくなれる」と、好き放題するのもどうかと思うのですよ。

「子供も楽しそうだし」と言うけれど、親に「楽しい?」と訊かれたら、楽しくなくても、「楽しいよ」と否応にも答えるのが子供でしょう。

それを真に受けて、自分の好き放題の免罪符にするのも、どうかと思うんですね。

*

そもそも母親がこういう考えに傾きだしたのは、「育児も仕事も両立する、キラキラしたママが素敵」という刷り込みにあると思います。

育児と仕事の両立など、決して有り得ない。

一人の人間にこなせる仕事の量、心の器は、限りがあります。

仕事に60パーセントを注げば、子供には40パーセントしか向けられない。

そして、それが当たり前です。

にもかかわらず、「私は仕事も100パーセント、子供も100パーセント」みたいなアピールするママの言うことを真に受けて、それが正義だと思い込むところに、すべての誤りがあるのですよ。その人だって、裏では実母やベビーシッターや保育所に任せきり、子供と旦那には心密かに恨まれているかもしれないのに。

正解は、育児と仕事の両立など有り得ないし、仕事に注力すれば育児が手薄になり、子供にかかりきりになれば仕事は手つかずになる。これが現実です。そして、それは間違いでも罪悪でもない。どうにも変えられない人間の限界です。自分のアバターでも製造して、身体が二つ、手が四本、千手観音みたいに目が行き届いているのでなければ。

それを「母親としての自覚が足りない」とか「私は出来ているのに、あの人は能力不足」とか責めるのではなく、これが人間の限界なのだから、手伝えるところは手伝って頂けませんか、というのが、社会の正しい在り方で、本当にまともに育児も家事も仕事もこなして、子供や夫にも感謝されているのかどうかも分からない、「自称・両立ママ」をことさら持ち上げるような真似をするから、他のママがおかしくなって、「私も」みたいな風潮になっていくんですよ。

「ママがキラキラ輝いていれば、子供も幸せ」みたいな免罪符が生まれるのです。

そして、それらの主張が、子供目線で語られることは決してありません。

せいぜい、親に洗脳された子供が、親の気に入るように「うん、楽しいよ」と答えるのが関の山ではないでしょうか。

それを真に受けて、ますます好き勝手にする、貞子の呪いの連鎖です。

*

世の中には、「私は自分の仕事をしているだけなのに、なぜ母親だけがこんな苦しい思いをしなければならないのか」という恨み言が溢れていますが、その心の痛みこそ『愛の証』ではないですか。

子供に十分に構ってやれない時、ついつい当たり散らしてしまった時、心が痛い、苦しい、罪悪感を抱くのは当たり前です。

それが人間としての自然な反応です。

でも、そうした心苦しさや罪悪感があるからこそ、自分なりに生活を工夫して、子供の言動にも気を配り、出来る限りのことをしよう、という気構えも生まれるのではないですか。

そこで開き直って、「ママがキラキラ輝いていれば、子供も幸せ」と、心の痛みも罪悪感もなげうってしまえば、それまでです。

だって、自分は正しい事をしている。その思い込みによって、反省も、気遣いもなくなるからです。

これが旦那ならどう思いますか?

「夫がキラキラ輝いていれば、妻も幸せ」と好き勝手な事を始めたら、奥さんも怒り心頭でしょう。

それと全く同じ理屈です。

*

昨今の考え方として、「我慢できないものは、我慢しなくていい」「ストレスがたまらないよう、自分に優しくしよう」というアドバイスが、誤った方に解釈されて、「自分の好き勝手にしていい」という強弁に取って代わっているように感じます。

子供に対して罪悪感を持つのが嫌で、開き直るんですね。

じゃあ、実際、どうすればいいの? という問いかけに対しては、「自分の中の罪悪感を大事にしつつ、毎日5分だけ努力する」と答えます。

子供が「リンゴをむいて」とおねだりしたら、リンゴの皮を剥く5分を全力で楽しむ。心を尽くす。

ウサギさんを作ってごっこ遊びしてもいいし、リンゴの皮にどれだけ栄養があるか、アドバイスするのもいい。

一年365日、完璧なキラキラママでいようと頑張るから、あるいは、周りから、「育児も仕事も両立している、素敵なママ」に見られようと意識するから、子供に対する罪悪感に耐えきれず、「ママがキラキラ輝いていれば、子供も幸せ」などと言い出すのであって、罪悪感は罪悪感、それが愛の代償と思えば、その罪悪感こそが、無視や虐待への抑止力になると思うんですよ。

妻に何の罪悪感も持たない夫が外で何をしているか、ちょっと想像すれば分かるでしょう? 

妻に対して罪悪感があるから、夫はちゃんと家に帰ってくるし、愛人とも手を切るんですよ。

夫が妻に対して開き直るようになれば、もはやそこには愛など存在しません。

子供もそれと同じで、子供に対して罪悪感がある限り、母親も子供に対して努力できるんです。

今日はちゃんと構ってやれなかったから、明日は頑張ろう、って。

*

そんなわけで、『自分さえ良ければ』の貞子の呪いは、母から子、子からまたその子に、どんどん受け継がれ、永遠の連鎖(リング)になって続いていきます。

『自分さえ良ければ』という母親に蔑ろにされた子供は、他人に対しても同じことをするし、またそのようにされた人は、別の人にも同じことをするでしょう。

貞子の呪いに終わりはないのです。

呪いを断ち切る最大の抑止力は、相手に対する『罪悪感』です。

子供に対する心苦しさは、実は、尊いものなのです。(愛があるから、心が痛む)

*

映画もなかなか面白かったです。
「貞子」より、ギャーっと叫ぶ真田広之の顔の方が怖かった。
この作品の松嶋菜々子も秀逸です。

リング (角川ホラー文庫)
出演者  
監督  
定価  ¥ 607
中古 279点 & 新品  ¥ 1 から
5つ星のうち 4.4 (78 件のカスタマーレビュー)

小説も一度読んだことがありますが、映画とはちょっと設定が異なるんですね。
世界観でいうなら、やはり小説の方が面白いと思います。

 リング 「リング」シリーズ (角川ホラー文庫) (Kindle版)
 著者  鈴木 光司
 定価  ---
 中古 0点 & 新品   から
 5つ星のうち 4.4 (78 件のカスタマーレビュー)

同日の同時刻に苦悶と驚愕の表情を残して死亡した四人の少年少女。雑誌記者の浅川は姪の死に不審を抱き調査を始めた。――そしていま、浅川は一本のビデオテープを手にしている。少年たちは、これを見た一週間後に死亡している。浅川は、震える手でビデオをデッキに送り込む。期待と恐怖に顔を歪めながら。画面に光が入る。静かにビデオが始まった……。恐怖とともに、未知なる世界へと導くホラー小説の金字塔。

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親の死を願う子供たち

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