一人で、自力で生きていけるだろうか

頼るものも何もない町で、一人で、自力で生きていけるだろうか

一人で、自力で生きていけるだろうか
ハイウェイの照明が、光の矢のように窓の外を流れていく。

彼はバスの窓枠に肘をかけ、ぼんやりと窓の外を見つめていた。

昼間は緑が映えた丘陵も、夜の中ではうねるような暗黒の波にみえる。

風も、光も、時間さえものみ込むような深い闇が海のように眼下をおおいつくしていた。

時折そのうねりの中に、壮麗な都会の輝きが垣間見えたが、その光もだんだんに遠ざかり、いつしか闇の向こうに消えていった。

昨日までの苦い思いも、嫌な出来事も、一切が時の彼方に過ぎていくみたいだ。

もう何も追って来るものはない。

ひとり、見知らぬ明日へとひた走ってゆく。

思えば、長い道程だった。

あの家に息苦しさを感じるようになってから、どれほど外の世界に飛び出すことを夢見てきただろう。

だが、彼の翼は父の手で幾度となくへし折られ、その度に鉄の鎖で縛られてきた。

そして、もう自分は飛べないのだと……どれほど自由に焦がれても、あの父には抗えないのだと諦めかけた時、奇跡のように橋がかかって、とうとうあの壁を飛び越えることが叶ったのだ。

それから勢いだけでここまで来たが、目的地に近付きつつある今、火花のような勢いはだんだんに冷め、それと入れ替わるように、未来への不安がもたげてくる。

今の自分は、大海原に投げ出された小舟のようなものだ。

たった一つの”言い伝え”だけを頼りに、在るのか、無いのか、分からないゴールを目指して、必死に小さなオールを漕いでいる。

自由を得る為に、家も、友人も、持ち物も、すべてをかなぐり捨ててきた。

あるのはこの身と心だけ。

頼れるものなど、何一つない。

ここから先は、全てを自分の手で掴み取らねばならない。

住む家も、着る物も、食べ物も、今まで当たり前のように身の回りに存在したもの、全てだ。

これから先、本当に自力で生きていけるのだろうか。

“君はまだ無力な子供”――と港の出国審査官は彼のことをそう呼んだ。

その言葉が、今さらのように身に染みる。

だが、彼はぐっと頭をもたげ、自分に言い聞かせる。

これは人生の試金石だ。

自分らしく生きる為の――。

自分が何ものかを知り、心のままに生きていくには、あの父から独立するより他なかった。

自分の意志を貫き、自由を得ようとすれば、それ相応の代償を支払わねばならないのは当然だ。

それを克服してこその自立であり、自由ではないか。

これからいろんな出来事があるだろう。

もっと辛く、哀しい出来事も。

だからといって、どうにも出来ずに逃げ帰れば、それこそ人生の敗北だ。

ああ、やっぱり父の言う通りだったと、この先も奴隷みたいに項垂れて生きていくしかない。

彼は臆病風を追い払うように深く息をつくと、再び窓の向こうを見つめた。

まだ目的地の明かりは見えず、果てしない闇が広がるばかりだ。

だが、どこか優しく感じるのは何故だろう。

今は独りだが、何かが自分の航路を祝福してくれているようにも感じる。

これは人生の片道切符。

何があろうと、決して負けはしない。

必ず目的を果たして、自分だけの価値ある何かを打ち立ててみせる。

小説『三番街でピアノが鳴ったら』の下書き 記 1997年

シンガーソングライターの小椋佳は定年まで銀行員を勤め上げた。
人の心に触れる曲を作るには、人間社会との関わりが不可欠であることを知っていたからだ。
売れっ子でも、だんだん作品がつまらなくなるのは、内輪の世界に閉じてしまうから。
パートやボランティアや結婚生活等で人間社会の勉強を続けているアーティストは長続きする。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属『ニムロディウム』をめぐる企業と海洋社会の攻防を描く人間ドラマ。生き道を見失った潜水艇パイロットと、運命を握る娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
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