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人は二度生まれる。一度目は存在する為に。二度目は生きる為に。

目次

ジャン・ジャック・ルソーの言葉

『人は二度生まれる。
一度目は、存在する為に。
二度目は、生きる為に。
(ジャン・ジャック・ルソーの言葉)

【小説の抜粋】 オイディプスの旅立ち

“その日”まで、俺は小さな殻の中の住人だった。
世界は既に存在していたけれど、まだ俺のものではなく、そこに含まれる様々な事象も、遠い影でしかなかった。

「生きること」への希求と、「自分であること」への渇望。
「自由」への憧れと、「未知なるもの」への不安。
世界はすぐそこにあるのに!
硬い殻が俺と世界とを阻んでいた。

ただ存在するだけなら、死んでいるのも同じこと。
無為に時を過ごすぐらいなら、いっそ時を飛び越えた方がましだ。
時は欲求だけをつのらせ、未知なるものへと心をいっそう掻き立てる。
気の滅入るような息苦しさの中で、俺はずっともがき続けた。心満たす「何か」を必死に探しながら。

「何か」。
自分だけに与えられた「何か」。
それ無しには生きることも、存在することもできない、自分が自分である為の「何か」。
そんな何かに巡り会えたら、今すぐにもその一点に流れ出せるのに!

俺は必死に殻を叩き続け、ついに殻の“外”へと飛び出した。
自分だけを道連れに。
その瞬間の眩しさを、俺は生涯忘れない。
本当の意味で生き始めた、あの劇的な瞬間を。
見るもの、触れるもの、すべてが新しく、日々生まれ変わるような鮮烈な感動を。
世界は決して優しい場所ではないけれど、真摯に生きる者には必ず報いてくれるものだ。

自分を変える「何か」も、心から探し求めれば、いつか必ず巡り合える。
生は一瞬。そして世界は計り知れぬほど深く、広い。
同じ生きるなら、自ら立ち、自ら歩いて世界を渡ろう。
たとえ片翼の鳥になっても。

小説『三番街にピアノが鳴ったら』

子供は、親を一人の人間として理解し、受け入れた時、初めて「大人」になる。

『二度目の誕生』とは

ジャン・ジャック・ルソーの『人は二度生まれる。一度目は、存在する為に。二度目は、生きる為に』という言葉は、私が十七歳の時に読んで、最も影響を受けた言葉です。

その言葉の意味は、多分、十代で自立した人にしか分からないと思います。

何故なら、大学生は、半分大人で、半分子供、中途半端に世に出る形になりますが、高校卒業後に、すぐに家を出て、実社会に飛び込んだ者にとっては、子供の世界から一気に大人の世界に叩き込まれるからです。

私は後者のケースで、高校卒業から二週間後には新人研修の場に居たのですが、それまでご飯も、日々の暮らしも、全て親任せだったのが、突然、全部自分で面倒見るようになったのですから、最初は大変なプレッシャーでしたが、数日もしないうちに、社会人の自覚に取って代わり、『二度目の誕生』を実感した次第です。

その時の感動を小説に書いたのが、上記と、これに続くパートで、完全ではないのですが、ルソーの言葉を補足する形で掲載することにしました。

ルソーの言いたいことも、“一度目は、肉体として生まれて、この世に存在するに過ぎないが、二度目は、アイデンティティを確立して、『自分』として生き始める”という意味で、それを実感するには、自分が何ものかを知ることはもちろん、自分自身の力で生活を立てなければなりません。何故なら、この世に生きるということは、ただ息をして、存在するだけでなく、社会の一員として関わっていく必要があるからです。

子供のうちは、親に食べさせてもらって、存在するだけで生きていけますが、自立する年頃になれば、社会における立ち位置や役目、生活の手立てなど、それらもひっくるめて『自分』という人間を形成するようになります。カール・マルクスが『人間は労働を通して社会的存在になる』という言葉を残しているように、誰の人生も、己と社会の関わりの中に成り立つものだからです。

そして、それを自覚する時期が早ければ早いほど、一度目の誕生から二度目の誕生に至る実感、すなわち『人は二度生まれる』という精神的変容をリアルに体験しますし、その感動もひとしおです。

世界の光を見るには、親という殻を内側から突き破るほどの勢いと覚悟が必要、という喩えです。

【小説の抜粋】 頼るものも何もない町で、一人で、自力で生きていけるだろうか

ハイウェイの照明が、光の矢のように窓の外を流れていく。

彼はバスの窓枠に肘をかけ、ぼんやりと窓の外を見つめていた。

昼間は緑が映えた丘陵も、夜の中ではうねるような暗黒の波にみえる。

風も、光も、時間さえものみ込むような深い闇が海のように眼下をおおいつくしていた。

時折そのうねりの中に、壮麗な都会の輝きが垣間見えたが、その光もだんだんに遠ざかり、いつしか闇の向こうに消えていった。

昨日までの苦い思いも、嫌な出来事も、一切が時の彼方に過ぎていくみたいだ。

もう何も追って来るものはない。

ひとり、見知らぬ明日へとひた走ってゆく。

思えば、長い道程だった。

あの家に息苦しさを感じるようになってから、どれほど外の世界に飛び出すことを夢見てきただろう。

だが、彼の翼は父の手で幾度となくへし折られ、その度に鉄の鎖で縛られてきた。

そして、もう自分は飛べないのだと……どれほど自由に焦がれても、あの父には抗えないのだと諦めかけた時、奇跡のように橋がかかって、とうとうあの壁を飛び越えることが叶ったのだ。

それから勢いだけでここまで来たが、目的地に近付きつつある今、火花のような勢いはだんだんに冷め、それと入れ替わるように、未来への不安がもたげてくる。

今の自分は、大海原に投げ出された小舟のようなものだ。

たった一つの”言い伝え”だけを頼りに、在るのか、無いのか、分からないゴールを目指して、必死に小さなオールを漕いでいる。

自由を得る為に、家も、友人も、持ち物も、すべてをかなぐり捨ててきた。

あるのはこの身と心だけ。

頼れるものなど、何一つない。

ここから先は、全てを自分の手で掴み取らねばならない。

住む家も、着る物も、食べ物も、今まで当たり前のように身の回りに存在したもの、全てだ。

これから先、本当に自力で生きていけるのだろうか。

“君はまだ無力な子供"――と港の出国審査官は彼のことをそう呼んだ。

その言葉が、今さらのように身に染みる。

だが、彼はぐっと頭をもたげ、自分に言い聞かせる。

これは人生の試金石だ。

自分らしく生きる為の――。

自分が何ものかを知り、心のままに生きていくには、あの父から独立するより他なかった。

自分の意志を貫き、自由を得ようとすれば、それ相応の代償を支払わねばならないのは当然だ。

それを克服してこその自立であり、自由ではないか。

これからいろんな出来事があるだろう。

もっと辛く、哀しい出来事も。

だからといって、どうにも出来ずに逃げ帰れば、それこそ人生の敗北だ。

ああ、やっぱり父の言う通りだったと、この先も奴隷みたいに項垂れて生きていくしかない。

彼は臆病風を追い払うように深く息をつくと、再び窓の向こうを見つめた。

まだ目的地の明かりは見えず、果てしない闇が広がるばかりだ。

だが、どこか優しく感じるのは何故だろう。

今は独りだが、何かが自分の航路を祝福してくれているようにも感じる。

これは人生の片道切符。

何があろうと、決して負けはしない。

必ず目的を果たして、自分だけの価値ある何かを打ち立ててみせる。

小説『三番街でピアノが鳴ったら』の下書き(1997年)

初稿:1998年

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