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若さゆえの劣等感と敗北感 あるいは挫折感

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この投稿は 【海洋SF MORGENROOD -曙光-】 に関する創作エッセイです。

盗人の烙印を押されたまま、誰にも信じてもらえず、故郷にも戻れず、世間を欺いた卑怯者として人々の記憶に残るぐらいなら、いっそこの世から消えてしまいたい――と思ったこともあったが、結局、その勇気もなく、負け犬みたいに拾われて、今は成功者の圧倒的な強さ(パワー)に打ちのめされるばかりである。

《曙光》MORGENROODのボツ原稿

テーマとして一番描きやすいのは、若者の劣等感や敗北感、挫折感、等々。

映画でも、漫画でも、読者の共感を一番呼ぶのは、若い主人公がボロボロに打ち負かされて、そこから這い上がってくる姿だろう。

言い換えれば、ヒーローに挫折はつきものだし、劣等感とも敗北感とも無縁なキャラクターには何の魅力もない。

これは実在の人物にもいえることで、有名人の講演会でも、伝記でも、一番印象に残るのは、その人の失敗談や暗黒史であろう。

そう考えると、強がりも、開き直りも、若い人にとっては、あまり魅力的とはいえない。かえって胡散臭い人物に映ることもある。

一番いいのは正直に生きること。

若さゆえの正直というのは、何でも馬鹿正直に打ち明けることではなく、自分の感情に素直であることだ。

思うに、人生の出発点というのは、低ければ低いほど、後で高く飛べるのかもしれないね。

『死』というなら、生きる支えも、信じられるものも無くして、絶望と虚無感に取り憑かれること。

《曙光》MORGENROODのボツ部

「そういう意味では、俺は生きながらに死んでいるのも同じこと」

と続く。

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