身をもって生き様を示す

身をもって生き様を示す 親から子へ永遠の教え

身をもって生き様を示す
この海の何処か――

海底の冷たい泥の中に、今も俺の父親が眠っている。

叫ぶことも、立ち上がることもできず、無念を抱いたまま、この町の行く末を見守っている。

あの晩、この辺りがどんな風だったか、俺には想像もつかない。

海面が十メートルも上昇して、ここまで押し寄せるなど、誰が予測できただろう。

きっと父も怖かったはずだ。足元には激しい波が打ち付け、背後には河川から流れ込んだ大量の水が渦巻いている。

どこにも逃げ場はなく、いつ高波に呑まれるかと、総身が震えるほど恐ろしかったはずだ。

それでも逃げなかった。俺に自分の生き様を見せる為に、堤防を守りに戻った。

父さんだけでなく、最後までここに残った作業員も同様だ。そして今も、骨一本になっても、この町を守ろうとしている。

俺たちは皆、彼らの子供だ。その想いに答えたい。このまま黙って見過ごしたくない。

迷走する再建計画とアイデアコンペ 元住民の願いと自治体の思惑より

大洪水によって壊滅した故郷・フェールダムに、モダンな海のリゾートを建設する計画が持ち上がる。学生時代の仲間と共に復興ボランティアに打ち込んできたヴァルターは、最後まで堤防を守ろうとして命を落とした父のことを思いながら、自らも再建コンペに参加し、世界的建築家の提案に『NO』を突きつける決意を固める。

どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。

身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。

その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。

身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。

誰でも犠牲は怖い。

自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。

だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。

言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。

たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。

Tags: ,

詩想と引用の関連記事

オランダ

「人間とは乗り越えられるものだよ」と髭の教授は言った。「創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を救ってくれる。傷つき、苦しむ自分を恥じなくなった時、本当の意味で君は悲劇から自由になれる」

愛の試練は同じ重さでやって来る

お願いだから『永遠』なんて言わないで。過去、何百万と誓いを立てた愛が、永遠という言葉の中でどれだけ滅んだと思うの?あなたがどう誓おうと、心なんて、いつか変わるの。愛だけが特別なんて、絶対に有り得ないわ。

山

人間にとって本当の幸せは、自分自身を肯定できることだ。生きること、存在すること、悩み苦しみも含めて、自分の人生を心から愛せることだよ。その想いは、いつか君にこう叫ばせる。『これが生だったのか。よし、それならもう一度!』。