ストレイト・アウタ・コンプトン

自己主張にも文学スキルが必要 映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』

ストレイト・アウタ・コンプトン

何年も前、社会活動に取り組む若者グループが、往来で「○○首相は辞めろ~」みたいなことをラップ調で叫んで、世間の注目を集めたことがありました。

私も何度か動画で目にしましたが、その時、非常に残念に感じたのは、メッセージを効果的に伝えるスキルが今ひとつという点でした。

せっかく義心もあり、行動力もあるのに、肝心のメッセージが世間に上手く伝わらないようでは話になりません。

たとえ時の首相を批判するにも、ドンツク太鼓を鳴らして「○○は辞めろ~」と叫ぶだけでは、一般人の共感は得にくいからです。

にもかかわらず、ノリだけで注目されて、本当に可哀想だと思いました。

あの時、政治的に発信するスキルや組織的手法を学ぶチャンスだったのに、周りの大人は持ち上げるだけで、本当に教えるべきことは何も教えなかったような、そんな印象があります。

常識的な社会人なら皆知っていることですが、民主主義の本質は『数こそ正義』です。

その政策が正しいから採択されるのではなく、一番票を集めたから施行されるのであって、「数」と「正義」は必ずしも一致しません。

学校の部活でも、「今年度の部費の使い途は、フェンスの修理をメインにしますか。それとも、野球用具の補充を優先しますか」で多数決を採った時、フェンスの修理が過半数を超えれば、それで決定でしょう。誰がどう考えても、野球用具の補充の方が最重要事項としても、です。

その結果、新入部員は、素手でボール拾いすることになっても、大勢がフェンスの修理を支持するなら、それまでです。

民主主義における選挙制、あるいは多数決というのは、 『数こそ正義』で成り立っているわけですね。

ですから、自分たちの政治的主張を通すにも、まずは大多数の支持を得なければなりません。

自分たちの考えを、好きなように発信しても、身内には受けても、それ以外の人には通用しないでしょう。

表参道をアヒルの着ぐるみで闊歩して、「これが俺たちのやり方だ。新しい時代の政治活動だ」と叫んで、物珍しさに注目を集めることはあっても、一般の選挙民には到底理解されません。

それは、その人たちの政治的主張が間違っているからではなく、伝え方が悪いからです。

どれほど革新的で、救世の施策であっても、大勢に理解されない主張は、世の中を劇的に変えることはできないのです。

その点、伝説のヒップホップグループで、今なお伝説的に語り継がれるN.W.A(映画では“主張する二ガー”の意味)のラップというか、歌詞(ライム)は見事でした。

彼等の活躍は、伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』に詳細に描かれていますが、「ギャングスタ・ラップのゴッドファーザー」と呼ばれるイージー・E、ヒップホップ界のカリスマで、エミネムやスヌープドッグなどを生み出したドクター・ドレ、映画に音楽に大活躍のアイス・キューブ、いずれも魅力的なミュージシャンであり、ただ自分たちの主義主張をワーギャーと叫ぶだけではない、歌詞、メロディ、ミックス、パフォーマンス、全てにおいて技巧を尽くし、いかに大衆の心を掴むか、工夫に工夫を重ねていた事がよく分かります。

私も最初、ラップとかよく分からなくて、ライム(歌詞)も単なる語呂合わせみたいなものかと思っていましたが、抜け出す意思のある者だけが抜け出せる 不遇と幸運の境目 映画『8マイル』にも書いているように、エミネムの歌詞が非常によく練られたものと分かってから、見方も大きく変わりました。

彼等は本当の意味で詩人であり、決して思い付きで作詞しているわけではないんですね(当たり前のことですが)。

N.W.Aの歌詞も、Fu○kにBit○hにDr○gと、一般的な感覚から言えば、決してお上品なものではありません。

80年代から90年代、こんな歌が公共放送で流れてきたら、良識派の非難は免れないでしょう。

それでも、彼等のライブがあまりにクールなので、過激な歌詞も二の次、パフォーマンスからも目が離せない。

パフォーマンスが良ければ、最初は目を背けていた人も、ついつい振り向いてしまいますよね。

そして、その叫びは、音楽のジャンルを超えて、社会的な主張になっていきます。

80年代から90年代にかけては、『ロサンゼルス暴動』に象徴されるように、人種問題や社会的不平等に対する沸点に到達していた背景もありますから、彼等のメッセージは時代との親和性も高かったのでしょう。

今でこそ、SNSを駆使した社会活動も当たり前のように受け入れられていますが(たとえ過激な主義主張でも)、インターネットもSNSも無かった時代、公共放送やライブで流れてくる彼等の音楽は、まさに『我々の代弁者』を見るような思いだったのかもしれません。

本作で一番印象に残っているのは、『おかしいよ 真実を伝えると みんなが怒る』という台詞です。

全米で大ヒットしたN.W.Aですが、一方で、良識派の市民に非難され、自分達のレコードがブルドーザーで踏みつけにされる光景を目の当たりにします。

真実を伝えると みんなが怒る

レコードを踏み潰すブルドーザー。

ブルドーザーでレコードが踏みつけられる

こんなものは音楽じゃないと、大勢に踏みつけにされる。

こんなものは音楽じゃない

しかし、それに対するイージー・Eの返答が痛快。

真実とは……やつらはレコードを壊していい。だって、買ってくれたんだから

本当にその通り。

これだけ大量のレコードを購入して、売り上げに貢献してくれたのだから、ミュージシャンにしてみたら御の字ですよね^^;

この映画の魅力は、最初、しょぼいスタジオで、自費で収録していたのが、人気が出ると共に、だんだんスタジオもグレードアップし、最後は豪邸みたいな自前のスタジオでミキシングしてるところでしょうか。

青春のサクセス・ストーリーとしても十分に楽しめます。

ドクター・ドレ

この映画は、ライブシーンも圧巻なんですね。演奏もいいけど、カメラワークも上手い。

監督のF・ゲイリー・グレイ氏は、ホイットニー・ヒューストン、ジェイ・Z、ベイビーフェイスなど、大物のミュージック・ビデオも手掛けているだけあって、大画面で見ると非常に迫力があります。

ライブシーンも圧巻

『Fu○k the Police』という過激な歌詞ゆえに、公演前、デトロイト警察から「ライブで歌うな」と警告されたにもかかわらず、『俺には言いたいことがある。歌いたい曲を歌い、言いたいことを言う!』と警察を挑発するように歌い出すアイス・キューブ。

ビッグになる以前、ファースト・アルバム制作時の、皆の楽しそうな姿が、その後の契約問題、仲間割れ、マネージャーの裏切り、イージー・Eの死……といった悲劇を余計で際立たせるんですね。

N.W.Aのヒットアルバムはこちらで視聴できます。

日本語の予告篇はこちら。2時間40分と、かなりの長編ですが、話運びもよく、あっという間に見終わります。
ライブだけでも見応えがありますし、音楽の場面が多いので、BGMにもおすすめですよ。

自己主張にも文芸スキルが必要

最初の話題に戻りますが、、、

基本的に、人は何を主張してもいいし、どんなやり方をするのも自由です。

でも、その活動を通して、何かを変えたいと願うなら、表現方法や戦略はじっくり考えないといけません。

何故なら、主張する自由と、伝えるスキルは、まったく別問題だからです。

まして、政治は『数こそ正義』の世界ですから、一つでも多くの支持を取り付けて、票に結びつけませんと。

まして主になっている勢力というのは、組織的に強いわけですから、自分たちも同じだけの組織力、あるいは訴求力をもって挑まないと、到底、勝てないし、何かを変えることもできません。

いくら身内で受けても、一時期、話題になっても、それだけでは全国区の潮流には出来ないわけですね。

では、どうすればいいのか、といえば、やはり戦略であり、伝えるスキルです。

戦略の中には、効率のいい組織作りも含まれます。

誰をリーダーに立てるか、誰が資金を調達するか、誰が草稿を書くか、誰が対外的に宣伝するか、そのあたりの人選が非常に大事なんですね。

その際、「あいつばっかり目立って、ずるい」とか、「自分も注目されたい」とか、小学校の学芸会みたいな考えでいたら、とてもじゃないけど大人の組織には太刀打ちできません。

第一の目的は何かといえば、自分たちの主張なり、政策を通して、世直しすることでしょう。

なのに、社会活動を自己実現の道具にしてしまったら、周りはしらけるだけだし、部下も付いてきません。

ある意味、主張の塊である政治的活動こそ、己の滅却というものを必要とされるのですよ。

何故なら、ゴールは万民の幸福であり、利益だからです。

自分がヒーローになることで満足するなら、それは社会運動でも何でもありません。

ただの自己実現です。

自己実現の行き着くところは、自分にとっての利益・不利益であって、社会じゃないんですね。

その上で、万民を引き付けるような力強いフレーズや、分かりやすい説明、誰もが共感するような理念など、伝える為のスキルが必要になってきます。

それを磨くには、やはり文学的なセンスや技巧が不可欠で、自分の言いたいことを、好きなように叫んだところで、誰の心にも届かないのですよ。

本作でも、アイス・キューブがバスの中でひたすら詞を書き綴る場面が出てきますが、何事も、こういう地味な鍛錬の繰り返しです。

でも、それも、本当に高い志と情熱があれば、苦なく、自分の日常にできてしまうのではないでしょうか。

映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』はAmazonプライムでも視聴できますが、DVDも購入する価値があります。
ライブの映像が迫力満点ですし、音楽もいいですから。
そんでもって、登場人物が、みな実在の人物に似ているというのも評価が高い。
そのままラップ・デビューできそうなスキルの高さです。

ストレイト・アウタ・コンプトン [Blu-ray]
出演者  コーリー・ホーキンス (出演), オシェイ・ジャクソン・Jr (出演), ジェイソン・ミッチェル (出演), オルディス・ホッジ (出演), ニール・ブラウン・Jr (出演), ポール・ジアマッティ (出演), マーロン・イエーツ・Jr (出演), R・マルコス・テイラー (出演), カーラ・パターソン (出演), F・ゲイリー・グレイ (監督)
監督  
定価  ¥980
中古 25点 & 新品  ¥580 から

シンガーソングライターの小椋佳は定年まで銀行員を勤め上げた。
人の心に触れる曲を作るには、人間社会との関わりが不可欠であることを知っていたからだ。
売れっ子でも、だんだん作品がつまらなくなるのは、内輪の世界に閉じてしまうから。
パートやボランティアや結婚生活等で人間社会の勉強を続けているアーティストは長続きする。

NO IMAGE

海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属『ニムロディウム』をめぐる企業と海洋社会の攻防を描く人間ドラマ。生き道を見失った潜水艇パイロットと、運命を握る娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
Kindle Unlimitedで公開中。冒頭部の無料PDFもあり。

CTR IMG