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本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

2020 6/17
目次

【心のコラム】 本当の心の強さとは

「強くなりたい」という願いがありますが、「心の強さ」と「気の強さ」を取り違えている人も多いのではないでしょうか。

心の強さとは”折れない強さ”で、「言いたいことがはっきり言える」とか「周囲の目を恐れない」みたいな気の強さとは異なります。

そして、多くの人は、後者を「強い」と思い込み、虚勢を張ったり、強気に出たりします。

一時は相手に打ち勝てるかもしれませんが、元々、強いわけではないので、自分よりもっと強気な人や優れた人に出会うと簡単に心が折れます。

相手に勝ったと確信するまで、がむしゃらに頑張るので、いつか疲れて、挫折します。

本当の心の強さは、競うこともなく、落ち込むこともなく、淡々粛々と生きていくものなのですが。

本作では、堤防を守りに戻って、高潮に呑まれた父の死を理不尽に感じ、その怨みを故郷の再建コンペや人間関係にぶつける主人公の姿が描かれています。

父の死の真相を知って、その怨みはいっそう激しいものになります。

それに対し、上司であるアル・マクダエルが教えるのは、『本物の心の強さ』です。

本当は人一倍繊細で、一人で生きていけるほど強くもないのに、「そうあらねば」の一心で、がむしゃらに頑張ってきた主人公に、心の目を開かせる場面です。

Novella 文芸コラム
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【小説の概要】 意地と心の強さは違う

このパートは『海洋小説『曙光』(第二章・採鉱プラットフォーム)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

採鉱システムの接続ミッションを前にして、ヴァルターは幼馴染みのヤンから、父の最期の様子を聞かされる。

土木技師だった父は、決壊寸前の堤防を守りに戻り、ぎりぎりまで必死に高潮と闘ったが、ほんの数分差で救援の車に乗ることができず、高波に呑まれたことを知って、激しいショックを受ける。

そんな中、最後の主任会議が開かれ、アルはヴァルターに生きる心構えを語って聞かせる。

「それで、明日はどうするんだ?」

アルが訊ねると、

「あんたはどうしたいんだ」

彼はぽつりと聞き返した。

「わしが聞いているのはお前の意思だ。わしの判断じゃない」

「……」

「答えたくないのか。答えられないのか。いずれにせよ、そこから先の人生は誰も負ってくれないぞ」

「自分の手で成したい気持ちは変わらない。ただ……確信がない」

「なぜ?」

「自分でもよく分かってる。平常心じゃない。父親の顔が脳裏に浮かんで離れない。何度も、何度も、波をかぶる夢を見る」

「それとミッションにどんな関係が?」

「あんただって知ってるだろう。潜航や機械操作にどれほど集中力を要するか。こんな調子で、どうして万全と言えるんだ。――俺だって諦めたくはない。だが、どうしても振り払えない。こんな気持ちで操縦桿は握れない」

「心の中の父親はお前に何と言ってる? 自分と一緒に心中してくれと懇願してるかね? そうじゃないだろう。自分の恐怖と父親の死を重ね見て、父親が駄目なら自分も駄目と思い込んでいるだけだろう」

アルは手元のドキュメントホルダーからクラフト封筒を取り出すと、彼に差し出した。「開けてみろ」と促され、彼が手に取ってみると、中には一枚の写真が入っていた。十一歳の夏、初めて地区の最優秀選手に選ばれた時のものだ。彼は誇らしげにトロフィーを抱き、その傍らで父が優しい微笑みを浮かべて彼を見つめている。「四カ国語を話すエースストライカー。夢は世界に通用するプレイヤーに」という見出しで地元の新聞に掲載されたものだ。父が切り抜きをホームサーバーに保存していたが、それも洪水で流された。日に日に薄れゆく記憶の中で、二度と目にすることはないと諦めていた写真だった。

「それと同じ顔を見たことがある。再建コンペのプレゼンテーションだ。会場の誰もがお前の言葉に聞き入っていた。『緑の堤防』が大勢に支持されたのは、デザイン云々より、お前の主張に共感したからだ。わしはあの日のお前がまぐれとは思わん。ロイヤルボーデン社にどんな言い掛かりをつけられたか知らないが、もっと自分を信じたらどうだね。父親は父親、お前はお前だ。父親と一緒に死ぬはずがない」

「だが、父が死んだ事実はどうなる? どうやって納得しろと? ほんの数分差で運に見放され、我先に逃げた人間が生き残る。運命は何も助けない。正義も報われない。理不尽な現実があるだけだ」

「たとえ、そうだとしても、お前はこの先も生きてゆかねばならん。父親がどんな死に方をしようと、人生は待ってはくれない。そうだろう?」

「……」

「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。あの晩、お前の父親が我先に逃げ出し、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親はもはや無い。口先だけの人だったと失望し、お前との関係も、生き様も、何もかも違っていただろう。結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。それでもまだ父親の死は無駄で理不尽だと恨むかね。人間にとって命に勝る宝はないが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は自分の命より息子の前途を取ったんだ。そして、その願い通りになっている。お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」

「……」

「もういい加減、目を覚ませ。理不尽というなら、世の中そのものが理不尽だ。誠実な者ほど人一倍苦労し、小賢しいのが天頂に上る。その一つ一つを、不正だ、不平等だと責めたところで、縦の物が横になるわけではない。どこかで折り合いをつけて、共存共栄の道を探るしかないんだよ、この世に生きる限りはな。だからといって、お前に理想を捨てろとは言わない。自分が正しいと信じる指針は大事にすればいい。だが一方で、清濁あわせ呑む度量も持て。それは決して正義の敗北ではない。相容れないものとも上手に付き合う糊代を持つことで、不毛な争いを避け、勝機を広げることができるんだ。いつまでも『許せん、許せん』と憤り、自分の殻に閉じこもっても、決して人生は開けない。穴から顔を出した途端、ロイヤルボーデン社のような、もっと狡猾な蛇に頭から食われるだけだ。それより心を開いて、世間に飛び込め。プルザネではどうか知らんが、マードックやフーリエとは上手くやれただろう。ここでお前に心から礼を言ってくれた人もいたはずだ。人は裏切り、傷つけもするが、人を救うのもまた人なんだよ。――そうやって泣いている間も、お前はわしに『負けた』と思ってるのだろう。だが、わしの評価はむしろ逆だ。屁理屈を並べて吠え立てるより、ずっと大きな可能性を感じる。弱いなら、弱いなりに生きていけばいいじゃないか。なぜ無理に鋼になろうとする? 恥というなら、出来もしないことを『やれる』と大見得を切ることだ。今ここで『出来ない』と弱音を吐いたところで、誰もお前を弱い人間とは思わない。この一ヶ月、必死で頑張ってきたのは誰もが知るところだし、事情を知れば、みな納得するだろう。お前は皆の信頼を得てる。それが最大の功績だ」

「……」

「どうする? やるか、やらないか」

「明日やらなかったら、きっと一生後悔する。それは意地でもプライドでも何でもない。本当は『やれる』と心の底では分かってるんだ。だが、自信がない――」

「だったら、そのようにやればいいじゃないか。途中で無理と気付いたら、マードックやフーリエに『助けてくれ』と言えばいいだけの話だ」

「……」

「お前はたった一つの勘違いで人生を台無しにしようとしている。それは『強さ』に対する誤解だ。お前が身に付けようとしているのは力であって強さじゃない。明日、『助けてくれ』と言えたなら、その意味が解るだろう。明日はプロとして操縦席に座れ。お前なら出来るはずだ」

アルは席を立つと、静かにカンファレンスルームを後にした。

この話はこちらに続きます。

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