小さな者でも世界を変えることができる 学術に求められるのは情熱と誠実

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頭はいいけど、役立たずな学者

『学術』といえば、頭のいい人の世界と捉えられがちですが、知識はどこまでもいっても知識ではなく、行動、誠実、社会性が伴わなければ、ただの記号でしかありません。

経営に関する知識をどれほど蓄えようと、売り上げに繋がらないのと同じ。

用語やルールは、経営を行う為の基礎であって、用語、そのものが利益を意味するわけではないんですね。

学術もそれと同じで、いくら物事を知っていても、何を、どう活かすか、明確なビジョンがなければ、役に立ちません。

宇宙に詳しい人はたくさんいますが、皆が皆、ロケット開発に成功したり、彗星を発見したり、クレーターと恐竜絶滅の関連について証明できないのと同じです。

まず、考える。疑問に思う。気付く。工夫する。

これらの知的行動が発見から発見に連なり、ついには新事実の証明に至るのであって、化学式や計算式が、何かを作り出すわけではないんですね。

知識は素晴らしいものですが、それを過信するあまり、自説にこだわり、社会貢献どころか、過った情報を広めて、人々を混乱に陥れる学者や専門家も少なくありません。

本来、科学とは、検証に次ぐ検証の上に成り立つものですが、【検証=自説を疑う=誤りを認める】というプロセスを忌避して、自身の立場やプライドに固執するあまり、がんじがらめになってしまうのでしょう。

知識は、それを得ること自体が目的になれば、単なる電話帳でしかありません。

聞けば、何でも正しい事を答えてくれるけれど、それが何を意味して、どんなことが出来るのか? と尋ねると、そこから先の答えがありません。

電話帳は、どこまでいっても電話帳でしかなく、似たような電話帳なら、この世にごまんと存在します。

でも、人と社会が求めるのは、『その電話帳をどう活かせばいいか』という知見であって、電話番号そのものではありません。

本当に役に立つ識者は、住民の電話番号が網羅された電話帳を用いて、災害時の救済ネットワークを構築したり、孤独死をなくす取り組みをしますが、電話帳以上の知見をもたない人は、電話番号以外の答えを持たないのです。

【小説の概要】 学術に求められるのは情熱と誠実

北方の火山島ウェストフィリアへの出航に向けて、着々と準備が進む中、ヴァルターは根気よく実況の必要性を訴え、リズも産業振興会を通して多方面に働きかける。

にもかかわらず、無視を決め込むオリアナに、リズが抗議を申し入れると、オリアナは「あなたの彼もダニエル・リースみたいになるわよ」と脅迫する。

初めて耳にする名前に恐れを感じ、父に相談したところ、ダニエル・リースについて話してくれたのは、伯母のダナ・マクダエルであった。

ダニエルは、著名な鉱山学者イーサン・リースと、ジェムストーン愛好家の母サンドラの間に生まれた、心ばえのいい青年で、伯母の恋人でもあった。

イーサン・リースは、ニムロイド鉱石(ニムロディウム)の研究に打ち込む傍ら、ファルコン・マイニング社に学術面で指導を行い、自らの研究が、過酷な鉱山労働を緩和し、鉱業の在り方を変えることを心から願っている。

その志を継いだダニエルは、イーサンと共に、ウェストフィリアの公的調査に参加し、ウェストフィリア最大のマグナマテル火山に赴く。

鉱物資源の宝庫と言われるウェストフィリアで、二人は偶然、「神の息の通る道」――マグナマテル火山の噴気孔に足を踏み入れ、従来の定説を覆す、ニムロディウムの硫化物を発見する。これが学術的に証明されれば、「ニムロディウム鉱床は小天体の衝突によってもたらされた」というファルコン・マイニング社の主張は崩れ、ニムロディウム市場に大きな変化をもたらすのは必至であった。

その途中、ダニエルは、マグナマテル火山の川縁で、不思議な石を拾う。
サファイアにも似た青い石は、純度99パーセントのニムロディウムの針状結晶を含み、神の目のような星彩効果(アステリズム)を放った。

ダニエルはそれを加工して、『ブルーディアナイト』と名付け、愛するダナにプレゼントするが、それはファルコン・マイニング社にとって「決して存在してはならない鉱物」でもあった。

ダニエルは命を狙われ、ダナも悲劇に巻き込まれる。

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小さな者でも世界を変えることができる

鉱物学者のイーサン・リースは幼いアル・マクダエルに言って聞かせます。

鉱物学者として石の起源を追い求め、学界に名誉の旗を立てるだけが学問だろうか。ファルコン・マイニング社のやり方を批判するのは簡単だが、批判するだけでは決して問題は解決しない。鉱石は富と権力の源泉でもあるけれど、一方で不可能を可能にし、人々の生活に進歩と救いをもたらす。わたしは鉱物学の立場から世界を変えたいと。

しかし、ニムロディウムの分野は、ファルコン・マイニング社の独壇場。

たとえ世界を変える新説や新発見であっても、絶対に許されません。

なぜなら、「ニムロディウムは、こういう地層からも、どんどん採掘できるよ」という話になれば、ニムロデ鉱山=ファルコン・マイニング社の優位性も薄れてしまうからです。

実際、似たような事例で影響力を失っている国や企業は少なからずあります。

一般人は「裏山からも黄金がザクザク採れる」という話になれば、狂喜乱舞し、「これで飢えや貧困から解放されるぞ」と思うかもしれないけれど、そうなると困る人もいる。

これは鉱物資源とは異なりますが、たとえば、地動説というのは、宗教的な圧力によって、とことん無視され、支持者は火あぶりに処されることもありました。

似たような話は、どんな分野にも起こりうる、という喩えです。

それでも鉱物学者のイーサン・リースは、マイニング社の一党支配や、宇宙文明を支える為の過酷な鉱山労働に胸を痛め、学術の立場から、鉱業の在り方を変えようと試みます。

それがどれほどリスキーか、重々に分かっていたけれど、それでもやらずにいませんでした。何故なら、心底、学問に献身している者は、己にも、他人にも、嘘がつけないからです。

その過程で、絶対に存在してはならない「ニムロディウムの硫化物」を持ち帰り、鉱床の成り立ちを証そうとします。

また、その有力な裏付けとなる『ブルーディアナイト』の針状結晶も、ファルコン・マイニング社にとっては「存在してはならないもの」でした。

しかし、新しい学説が立つことをファルコン・マイニング社は決して許さず、この世紀の発見は、イーサン父子とダナに不幸をもたらします。

本作の冒頭で、アルが心に刻む聖書の文句の所以です。

「悪をもて悪に報いず、凡(すべ)ての人のまえに善からんことをはかり、汝らの為し得る限りつとめて凡(すべ)ての人と相和らげ。愛する者よ、自ら復讐すな。ただ神の怒りに任せまつれ。録(しる)して主いい給う、復讐するは我にあり、我これに報いん」の言葉通りに。

世の中には、いろんな主張があって、プラカードを掲げて、デモを行うのもいいけど、学術面からプロテスト(あるいは革新)する方法もあって、恐らくは、「存在してはならないもの」を実証するのが一番破壊力があるのではないかと思ったりします。(いわゆる”動かぬ証拠”)

科学屋が学術、研究に惚れ込むのは、「実証」にまさる雄弁はないからで、たった1つの鉱石、たった1つの標本が、世界を変えることもある。

ひと度、その手応えを知ったら、自分の理論を実証するまで引き下がれなくなりますよね。

そうした、累々たる屍の山というか、ついに日の目を見なかった仮説や新説の上に、現在の科学というのは成り立っておるわけですが、それは決して自分一代の栄光ではなく、次代の芽となるものです。

その価値を知っている人だけが、学問に dedicate できるのでしょう。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』で、森の奥方が、ホビット族のフロドに「小さな者でも世界を変えることができる」というのは、そういう事だと思います。

いつの時代も、最後には野蛮な力に打ち勝つのは、人間の知性です。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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