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ニーチェと生の哲学

  • 2019年8月3日

これが生だったのか。それなら、よしもう一度! 自己肯定と魂の幸福

緘黙症と指摘された息子も、優れたスピーチセラピーで言葉の能力を取り戻すが、学校で苛められ「死にたい」とこぼすようになる。「生を肯定し、自分を好きになる」という助言を得た父親は、息子に『永劫回帰』の思想を教えようとするが、子供には難解すぎて分からない。そこで『永遠の環』という喩えで生を愛する気持ちを伝えようとする。本作のテーマであるニーチェの『生の哲学』および手塚富雄訳ツァラトゥストラから『これが──生だったのか』わたしは死に向かって言おう。『よし、それならもう一度!』の抜粋を紹介。

  • 2019年8月3日

創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を解き放ってくれる

大洪水から6年の歳月が経っても未だ悪夢と喪失感に苦しむヴァルターは同郷の大学教授の講演に足を運ぶ。「人間とは乗り越えられるものだよ」と髭の教授は言った。「創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を救ってくれる。傷つき、苦しむ自分を恥じなくなった時、本当の意味で君は悲劇から自由になれる」と励まされ、壊滅した故郷と向き合う決意がつく。元ネタとなったンニーチェの【悦ばしき知識】の名言なども紹介。

  • 2019年8月3日

永遠の環 ~すべてのものは形を変えながら永遠に廻る(タイタニックの思い出付き)

採鉱プラットフォームのヘリポートから日没を見つめるうち、ヴァルターは父が教えてくれた「永遠の環」の教えを思い浮かべる。「これが生だったのか、それなら、よしもう一度」のニーチェの永劫回帰の思想を分かりやすく説いたものだった。映画『タイタニック』のエピソード付き。

  • 2019年8月7日

生を愛する ~失おうと、挫けようと

生きて経験すること、そのものが人生の糧であり、何かを成したから偉い、何かを得たから幸福というわけではないんですね。生きること、そのものを悦ばしく感じるようになれば、もう二度と、余計なことで心を煩わされなくなります。

  • 2019年8月3日

それでも人生はいいものだ 。もう一度生きてもいいと思えるくらい

過食症による超肥満から心臓発作に倒れたダグは、採鉱プラットフォームの引退を余儀なくされる。家族もなく、恋人もなく、人生の大半を仕事に捧げながらも、見舞いに訪れたヴァルターに「それでも人生はいいものだ」と前人未踏の採鉱システム完成の充実感を語る。