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マリー・アントワネット

  • 2020年3月9日

マリー・アントワネットとミツコ ~国際結婚が生んだもの~

日本で初めてオーストリア伯爵クーデンホーフ=カレルギー家に嫁いだ青山光子はEU生みの母でもある。彼女の次男リヒャルトの唱えた汎ヨーロッパ思想が後のEUの土台となった。国際結婚が歴史を動かした点でマリー・アントワネットも通じるものがある。大和和紀の少女漫画『レディミツコ』やミツコの生涯を伝える動画も紹介。

  • 2020年1月25日

マリー・アントワネットの『デッドマン・ウォーキング』 ~マリア・テレジアの娘として死す

「デッドマン・ウォーキング」とは、死刑囚が独房から処刑室に連行される際、看守が周囲に宣する言葉で、「死刑囚が行くぞ!」という意味。ハプスブルグ家の皇女に生まれ、栄耀栄華を極めたフランス王妃から一転、罪人として両手を縛められ、髪をばっさり切り落とされて、ボロボロの馬車で処刑広場に連れて行かれたマリーの心中はいかなるものだったろうか。

  • 2019年12月3日

国境まで50キロ 国王一家の命運を分けたヴァレンヌ逃亡の無念

フランスから逃亡を試みるも、国境に近いヴァレンヌで捕まったル16世とマリー・アントワネット。この事件はフランス革命における王室の立場を貶め、処刑という最悪の結末を迎えます。ポーランドとスロヴァキアの国境の様子を写真で紹介。多くの悲劇の舞台となった国境に関するコラムです。

  • 2019年11月29日

愛する人の面影を留めて ~ルブラン夫人の肖像画~

フランスの宮廷画家ルブラン夫人はマリー・アントワネットや家族の肖像画を何枚も描きました。「実物よりちょっと美しく描く」のが人気の秘密だったようです。ベルばらでは「王妃さまのお肌があまりにも美しくすきとおっていて、どんな絵の具をつかっても、その色がでないのでございますもの」と溜め息をつく場面がありますが、実際、白人女性にはミルクのように素晴らしい肌色の持ち主がいます。マリーの肖像がにはルブラン夫人の優しい友情が感じられます。代表的な作品を画像で紹介しています。

  • 2020年5月28日

マリー・アントワネットの哀しみが心に流れてきた日

「私が一体、どんな悪いことをしたというの?」豪華絢爛なベルサイユ宮殿には、そんなマリーの戸惑いが今も漂っているようにも感じます。邸内も、園庭も、目を見張るほどに豪華だけど、どこか淋しい感じがするのは、落葉のぼんやりとした光を感じさせるからかもしれません。

  • 2019年8月24日

マリー・アントワネットの子守歌 ~海を越えた「みつばちマーヤ」

日本が誇る名作アニメ『みつばちマーヤの冒険』は、ポーランドでも国民的アニメとして親しまれています。ポーランド版の主題歌『Pszczółka Maja』は、国民的童謡として母から子に歌い継がれています。CDもレコードも無かった時代、母が歌う子守唄は格別な響きだったというコラム

  • 2018年11月21日

Shall we ダンス? 一度、あなたと踊ってみたい ~ルイ16世の切ない願い

美しい妻マリー・アントワネットに恋心を抱きながらも、容姿コンプレックスから愛の言葉もかけられず、ダンスの申し込みもできなかったルイ16世。マリーも決して嫌いではなかったのだから、勇気をもってアプローチすれば、ダンスを踊ることもできただろうに、というコラム。

  • 2019年8月24日

ザ・結婚証書 ~マリーの指先も震えた運命の一瞬

政略結婚によりフランス王太子(未来のルイ16世)に嫁いだマリー・アントワネット。結婚当時、14歳だった彼女は緊張のあまり結婚証書にインクの染みを作ってしまう。周囲からは「なんと不吉な」と囁かれたエピソードとポーランドの市民婚を紹介。署名欄もレディファーストで新婦の名前を上段に記入するが、日本の習いに従って下段に記入したという話。

  • 2020年5月28日

プチ・マリーの行方(ベルサイユのばらに寄せて)

マリーは多くの人間にかしずかれ、自分から誰かの為にケーキを焼いたり、窓を磨いたり、足腰の弱ったおばあさんを支えてあげたり……といった行為とはまったく無縁に、生活の隅から隅まで、最高の尊敬を払われてきた。しかし、与えられるばかりで、自ら与えるチャンスが無いというのは、一見、楽なようで、実は心の地獄なのではないだろうか。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

宇宙文明の根幹を支える稀少金属『ニムロディウム』をめぐる企業と海洋社会の攻防を描く人間ドラマ。生き道を見失った潜水艇パイロットと、運命を握る娘の恋を通して仕事・人生・社会について問いかける異色の海洋小説です。
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