愛すべきキャラクター「リスベット」二大女優の個性が光る 『ドラゴン・タトゥーの女』

『ドラゴンタトゥーの女』について
スウェーデンで原作の三部作が異例のベストセラーを記録したことから、ノエミ・ラパス主演でTVドラマが制作され、こちらも大ヒット。その人気に乗っかり、ハリウッドで制作されたのが、ルーニー・マーラー&ダニエル・クレイグ主演の『ドラゴン・タトゥーの女』だ。どちらも原作の世界観を忠実に再現し、甲乙つけがたい映画に仕上がっている。本記事では作品の本質と、スウェーデン版VSハリウッド版の違いなどを解説。
目次

リスベットの恋とスウェーデンの性犯罪

この作品を読む前に知っておきたいのが、スウェーデンにおける異常な性犯罪の高さだ。

『女性の3人に1人が性犯罪の被害者』と言われるように、実情は調査値をはるかに超えると思われる。

この作品が書かれたのも、『助けることができなかった少女、リスベット』への痛恨の思いがあり、ミカエル・ブルムクヴィストという「ちょっぴりドジな探偵さん」を通して、ようやく贖罪ができたといったところ。

本作はハッキングのスリルを盛り込んだ、IT時代らしいミステリーに違いないが、根底にあるのは、女性を苦しめる性犯罪への怒りであり、リベンジでる。

映画では詳しく描かれていないが、女主人公リスベットは、少女時代に重大な犯罪を起こし、社会的に保護観察が必要な前科者であると同時に、心に深い傷を負った少女だ。高等数学の本もすらすらと読みこなす、特異な能力を備えているが、他人とコミュニケーションを図るのが極端に苦手で、複雑なパーソナリティを持つことから、一般的な社会活動に従事することができない。

一方、やり手のジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストは、大物実業家ヴェンネルストレムの不正を暴こうとして、逆に、罠に嵌まり、でっち上げの汚名を着せられる。ジャーナリストにとって、「嘘の報道」は社会的死に他ならず、ヴェンネルストレムの追及はおろか、ジャーナリストとして生きていくことさえ危うくなってしまう。

そんな彼の元に、大富豪ヘリック・ヴァンゲルの使いの者が訪ねて来る。

ヘリック・ヴァンゲル氏は、40年前に行方不明になった16歳の少女、ハリエットの調査を依頼し、その見返りに、ヴェンネルストレムの不正を明かす決定的な証拠を差し出すことを約束する。

ミカエルは、金銭的理由もあり、渋々ながら調査を引き受けるが、ヴァンゲル一族は、知れば知るほど不可解、かつ、不愉快な一族で、そうそうに暗礁に乗り上げる。

そんな彼の気を引いたのが、ヴァンゲル氏がミカエルに接触を図る前、ミカエルの身上調査を引き受けた少女リスベットだ。

ミカエルは、卓越したハッキング能力をもつリスベットに協力を依頼し、リスベットも気が進まぬながらも、ミカエルと行動を共にするようになる。

本作の見どころは、もちろん、謎解きのプロセスにあるが、他人に心を閉ざしたリスベットが、次第にミカエルの大らかな人柄に惹かれ、身も心も許すようになる点だ。

『ドラゴン・タトゥーの女』は、異色のサスペンスであると同時に、リスベット・サランデルというユニークなキャラクターと、ちょっぴりドジな探偵さん=ミカエル・ブルムクヴィストの儚い恋を味わう作品でもある。

一方は心に深い傷を負い、一方は、社会的に葬られた主人公の二人が、互いの傷を癒やし、ハリエットと、その界隈で起きた残忍な性犯罪の真相を明かすことで、被害者に変わって復讐を遂げ、名誉を回復する物語なのだ。

見終わった後、どこか切なさを感じるのは、本作が根本的には恋愛ドラマであるからだろう。

恋愛――といっていいのか分からないが、少なくともリスベットにとって、ミカエルとの関わりは『恋心』に他ならない。

だからこそ、リスベットにしつこく絡む変態弁護士の異様さがいっそう浮き彫りになり、次第に熱を帯びてくるリスベットの行動にも大いに共感するのである。

ちなみに、第一作に該当する『ハリエット失踪編』では描かれてないが、三部作の、最後の最後に、リスベットがブルムクヴィストに「ありがとう」を言う場面がある。(スウェーデン版のTVドラマには、きちんと描かれている)

「ありがとう」を言うぐらい、誰でも言うだろうが、リスベットが口にすると感慨もひとしおだ。

それがどれほどリスベットの人間的成長を裏付けるものか、三部作を通して読めば、必ず納得する。

本作に、性犯罪に対する非難を声高々に叫ぶ人物は登場しないが、リスベットとブルムクヴィストのほのぼのしたやり取りを見ていると、男性が女性を慈しみ、また女性が男性に甘える感情が、いかに自然で、美しいかを実感する。

そして、それは厳しい批判や断罪よりも、はるかに心に響くはずである。

記:2017/12/30

スウェーデン版とハリウッド版の違い(2010年のレビュー)

二人のリスベット & ミカエル・ブルムクヴィスト

スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンの大ベストセラー『ドラゴン・タトゥーの女(スウェーデンの原題:Män som hatar kvinnor(女を憎む男)』が、2009年のスウェーデン版に続いて、2011年、ハリウッドでも映画化された。

40年前に起きた少女失踪事件を追いかける敏腕ジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストを、21世紀を代表するジェームズボンド、ダニエル・クレイグ。

優れたハッカーで、美しいドラゴンの入れ墨をもつ少女、リスベット・サランデルを、ルーニー・マーラが演じている。
(年齢的に“少女”とは言い難いが、精神的には少女のままなので)

監督は、『セブン』『ソーシャル・ネットワーク』でお馴染みの、デヴィッド・フィンチャー。

斬新なOPで定評のあるフィンチャーの本作は、今回も、レッド・ツェッペリンの『Immigrnt Song』を効果的に使い、非常にインパクトのあるOPに仕上げている。

ルーニー・マーラとダニエル・クレイグ

※ フィンチャーのセンス全開の、ユニーク、かつ衝撃的なオープニング。

一方、2009年、本国スウェーデンで制作された『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』三部作も力作だった。

ルーニー・マーラが、パンクを装いながらも、どこかキュートで、愛らしい印象を残しているのに対し、本場スウェーデンの人気女優、ノオミ・ラパスが演じるリスベットは、ワイルド、かつ意志的で、大人の女の風格だ。

原作を読む限り、リスベットのイメージは、どちらかと言えば、ルーニーの方が近いが、ノオミのリスベットも非常に魅力的で、ルーニーを少女漫画に喩えるなら、さしずめノオミはビッグコミック・スピリットという雰囲気である。

ルーニー・マーラのリスベット

ノオミ・ラパスのリスベット
Photo:The Girl with the Dragon Tattoo: English vs. Swedish Films

また、大物実業家ヴェンネルストレムの不正を暴こうとして、逆に嵌められる気鋭のジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィスト役も、ダニエル・クレイグがスタイリッシュに演じているのに対し、スウェーデン版のミカエル・ニクヴィストは、ちょっと黄昏っぽい感じ。「話の成り行きで、事件に巻き込まれちゃったけど、失踪した少女がだんだん可愛そうになり、よぅし、おじさんが全力で事件の真相を暴き、無念を晴らしてあげるよ!」という感じで、ジェームズ・ボンドのようにスマートではないが、中年の子持ちらしい温かみがあって、作中でも、どんどん素敵に見えてくるから不思議だ……。

なんと、この方、2017年に肺がんで、56歳で急逝されたとのこと。
しかし、キャリアの最後、三部作の主役を演じることができたのは、役者として冥利に尽きるのではないか。

ダニエル・クレイグのミカエル

スウェーデン版のミカエル・ブルムクヴィスト
Photo:Michael Nyqvist, 'Girl With the Dragon Tattoo' Star, Dies at 56

私の印象では、スウェーデン版の方がより陰鬱感があり、失踪した少女ハリエットも、北欧の良家の子女らしい気品があって、犯人の鬼畜ぶりがいっそう際立つ。

ついで言うなら、リスベットに破廉恥を及ぶ、悪徳弁護士も、スウェーデン版の方がよりいやらしく、日本語吹替え版の「どんなセックスが好きなのかな??」の一言は、声優さんに座布団100枚あげたいほどの気色悪さだ。

↓ 俳優さんが悪いのではなく、声の演技が気持ち悪いのである(゚_゚)
リスベットに絡む悪徳弁護士

だが、この作品の魅力は、何と言っても、『リスベット・サランデル』というキャラクター、この一言に尽きる。

全身ピアスに刈り上げヘア、パンクな装いに少女のように華奢な体付き。

「現実にこんな女がおったら、500メートルぐらい引く」というようなビジュアルにもかかわらず、内面は感じやすく、いつしかそれが気にならなくなる。

原作でも、woman ではなく、girl と表記されているように、リスベットは、12歳ぐらいの少女がそのまま大人になった感じ。

身体はオンナ、心は少女というアンバランスが、たまらなくミステリアスなのだ。

そして、この「少女」の部分を前面に押し出しているのが、ハリウッド版のルーニー・マーラで、傷だらけの過去を超克するように逞しく生きているのがスウェーデン版のノオミ・ラパスである。

どちらも比べるのが馬鹿馬鹿しくなるほど魅力的で、一挙一動から目が離せない。

とりわけ、ルーニーの演じるリスベットは「守ってあげたい」のオーラが全開で、親子ほど年の離れた、クールなミカエルも、たじたじという感じ。

ハリウッド版では、スウェーデン版では描かれなかった、『クリスマスの贈り物のエピソード』が差し込まれ、リスベットの不器用な初恋をいっそう可愛く印象付けている。

スウェーデン版の愉快痛快なエンディングに比べたら、ハリウッド版は、少々、おセンチで、少女漫画のような終わり方だが、それもルーニーの存在感ゆえと思えば、納得がいく。

ノオミ・ラパスに、あのエピソードを演じさせるのは、あまりにアダルトで、色恋無用の意志的なイメージが強いからだ。

ちなみに、原作の終わり方は、ハリウッド版と同じである。デヴィッド・フィンチャーが、可愛い子のルーニーを抜擢したのも、『クリスマスの贈り物のエピソード』を演じさせたかったからかも。

キャラクターこそ物語の要

正直、『ドラゴン・タトゥーの女』はそこまで入り組んだサスペンス要素があるわけではない。

横溝正史の金田一耕助シリーズのように、凝った仕掛けがあるわけでもなければ、シャーロック・ホームズのように知恵を捻るわけでもない。

ハリエット失踪事件は、案外、あっさり解決して、推理というほどのものでもないからだ。(確かに聖書の句を応用した殺人はユニークだが、似たようなトリックはダン・ブラウンもやっている)

にもかかわらず、何度でも観てしまうのは、やはりリスベット・サランデルというキャラクターの魅力、そして、ちょっと情けない感じのミカエルとのやり取りが絶妙だからだろう。

ついで言うなら、本作は、ハリウッド版、スウェーデン版ともに、日本語吹替が素晴らしい。

通常、サスペンス映画は、オチを知ってしまうと、二度も三度も観たいと思わないものだが、ドラゴン・タトゥーに関しては、細部まで知り尽くしても、BGM代わりに観てしまう(聴いてしまう)。それぐらい、声の演技も達者で、脚本も均整が取れている。

また、よくあるサスペンスもののように、金髪ねーちゃんがキャーキャー騒がないのもポイントが高い。

悪く言えば、無難に始まって、無難に終わる、平坦な話の流れが、かえって耳に心地よいのだ。

原作者のスティーグ・ラーソンも解説で仄めかしているように、「女ハッカーを主人公にしたミステリ-が書きたい」というよりは、「リスベットという少女を描きたい」という動機から始まった作品であり、作者自身も、たとえ謎解きが単純とか、プロットが平坦とか、酷評されても、そんなことはどうでもいいのかもしれない。何故なら、リスベット・サランデルという少女を、これほどまで魅力的に、世に送り出すことに成功したからだ。

映画では、そこまで深く斬り込んでいないが、小説の方は、リスベットの生い立ちや、ハッカーになるまでの経緯が細かに綴られ、作者のなみなみならぬ思い入れが伝わってくる。(個人的には、リスベットの雇い主で、調査会社の上役でもあるドラガン・アルマンスキーと、リスベットの最初の出会い、そして採用に至るまでの経緯が特に印象に残った)

原題に、「女を憎む男」とあるように、作品全体に、女性蔑視やサディズムに対する問いかけがあり、リスベットはその業を一身に背負った神の子羊でもある。

そんな彼女に、父のように、時には、恋人のように寄り添うミカエルこそ、作者が理想とする男性のモデルなのかもしれない。

DVDとAmazonプライムビデオの紹介

スウェーデン版は、TVドラマとは思えないほどの完成度の高さ。
原作に忠実に三部作をドラマ化しており、一度は観ておきたい傑作。
作品の雰囲気としては、北欧らしい陰鬱が漂い、旅行気分で楽しむことができる。
リスベットを演じたノオミ・ラパスは、これがきっかけで世界に知られるところとなり、エイリアンの新シリーズとなる『プロメテウス』で堂々の主役を演じた。
その後も、ハリウッド大作で好評を博している。

ドラゴン・タトゥーの女 ミレニアム<完全版> [DVD]
出演者  ミカエル・ニクヴィスト (出演), ノオミ・ラパス (出演), ニールス・アルデン・オプレヴ (監督)
監督  
定価  ¥8,565
中古 13点 & 新品  ¥1,980 から

原作は、一部につき上下巻、計六巻のボリューム。
原作の方がより登場人物の心理に分け入っており、非常に読み応えがあります。日本語訳も上出来。
なぜミカエルが「名探偵カッレくん」と言われるようになったのか、ヴァンゲル一族はどのように成り上がったのか、リスベットが調査会社に雇われた経緯、前任の後見人と新しい弁護士との違いなど、知りたいことが全部書いてある。

レッド・ツェッペリンの『Immigrate Song』

レッド・ツェッペリンと言えば『天国への階段』があまりにも有名で、それしか知らない人も多いと思うが、ハリウッド版のOPで使われた『Immigrate Song』も非常に聞き応えのある名曲。(関連記事 → ロック史に残る叙情詩 『天国への階段』 レッド・ツェッペリン

実は私もハリウッド版がきっかけで知った。

70年代のバンドとは思えないほどクールで、スタイリッシュ。
ロバート・プラントも神がかってます。

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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