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映画『This Is It 』と音楽の世代交代 ~ 何がマイケル・ジャクソンを死に追いやったのか

2020 5/24

2009年6月の突然の死により、幻となってしまったマイケル・ジャクソンの最後の公演『THIS IS IT』。

そのリハーサルの模様が一本のフィルムにまとめられ、世界中で公開されている。

流行すたりから縁遠い我が町でも、2週間限定で公開され、私も平日の昼間に観に行った。

観客は、私を含めて10名ほど。

いずれも、マイケルの「スリラー」が大ヒットした時、産声をあげたような若い子ばかりだった。

1982年のポーランドと言えば、民主化運動を制圧するために全土に布告された戒厳令(マーシャルロー)の真っ只中。

1983年に戒厳令が解除されるまで、ポーランドはこんな状態だった。

マイケル・ジャクソンの『Beat It』も『スリラー』も、どこにも聞こえない。

目次

マイケル・ジャクソンとの出会い

『Remember The Time』 地球が回り続ける限り、マイケルの歌も流れるにも書いているが、私が初めて『スリラー』を見たのは、京都・百万遍の有名なカフェバー。大学生が集う洒落た店内では、天井吊り下げ式のTVから最新のMTV(ミュージックビデオのチャンネル)が流れ、皆、お喋りを楽しむ傍ら、メン・アット・ワークの『ダウン・アンダー』とか、YESの『ロンリー・ハート』とか、当時のヒット曲に耳を傾け、たまにはレコードショップに立ち寄って、ドーナツ盤など買い求めていたわけだ。

ちなみに、当時のヒット曲のミュージック・ビデオといえば、こんな感じ。
後出の『スリラー』と見比べたら、そのインパクト、世界観、完成度の高さが一目で分かる。

↓ ちなみに、このビデオも、蛇やら、クモやら、気持ちの悪い爬虫類が登場し、男性の顔の上を芋虫みたいなワームが這うので、物議を醸しました。自殺を仄めかすという点で、宗教関係者から抗議があった……という話も記憶しています。

70年代なら、こんな感じ。

私も、それまで「ダンス」といえば、ジョン・トラボルタの『サタデーナイト・フィーバー』やピンクレディーの「URO」みたいな印象しかなかったので、初めて
マイケルの『スリラー』を観た時は、まるで機械みたいな手足の動きと、一糸乱れぬ群舞に圧倒されて、モニターに目が釘付けになったものだ。

↓ 音楽+ダンスといえば、こういう世界観。これも皆が真似して、空前のディスコブームが到来するほど強烈なインパクトを与えたけども。

そして、マイケル・ジャクソンの『スリラー』。
今でこそ、こうした群舞も、演出も、並かも知れないが、上記の流れの中で、突然、このようなビデオが出現したら、皆、反っくり返る。

「新しい」というよりは、時代への挑戦。

それまで王道とされてきた道筋が、このビデオを境に変わった。

『Remember The Time』にも書いているように、「聴く音楽」から、「聴いて、観て、楽しむ音楽」に変遷したのだ。

優れた歌唱や美しいメロディラインで評価される時代は過ぎ去り、ビジュアルも含めた総合芸術として鑑賞されるようになった。

いわば、歌手が『歌手』でいられた時代の終焉であり、ファッション、言動、ライフスタイルも含めた、総合力が物を言う時代の到来である。

そんな中、マイケル・ジャクソンは、歌唱のみならず、総合的なプロデュース力に優れ、『BAD』『Remember the Time』『In the Closet』『Smooth Criminal』など、一作ごとに世界観の異なるパフォーマンスを連発し、世界中のファンを魅了した。

CDも、コンサートチケットも飛ぶように売れ、彼の天下は永久に続くかと思われた。

……そう、90年代に、MC Hammer の『U Can't Touch This』が現れるまでは・・。

これも諸説あると思うが、90年代初めにMC ハマー出てから、流れが大きく変わったと思う。

マイケルの踊りを『古典の発展型』とするなら、ハマーの踊りは、さながら『鍋の底が割れて、まったく新しいヒヨコが顔を出した』という印象。

さびもなければ、ストーリーもない、ただただ、単調なメロディが繰り返されるだけの、訳の分からない楽曲。

脚本もなければ、見せ場もない、同じコマの繰り返しのようなストリートダンス。

はっきり言って、何を伝えたいのかさっぱり分からない、環境音楽みたいなビデオだった。

でも、新しかった。

マイケルに慣れきった若者の目には、非常にクールに見えた。

MCハマーは日本でも大ブレイクし、ものすごい勢いでラップやヒップホップが興隆した。

もはや歌詞などどうでもいい。

目に新しく、分かりやすければそれでよかった。

メロディもほとんどダンスの添え物みたいに成り下がり、皆が口ずさむような『さび』もなくなった。

マイケルが全力で築き上げた、総合芸術としての音楽はさほど意味をもたなくなり、代わりに台頭し始めたのが、MC ハマーに代表されるような「ノリのいい曲」なのである。

*

マイケルのヒット曲も頭打ちになり、スキャンダルが次々に湧いて出たのもこの頃だ。

ヒットチャートで彼の名前を目にすることはなく、ゴシップ誌がそれに替わった。

破産も噂され、アーティストとしても終わりだと、揶揄する人もあった。

アーティストにとっては致命的な一言、『マイケルはもう古い』というイメージが定着し、若者の音楽の好みも大きく変わった。

永遠に続くと思われたマイケルの人気が、本当に、凋落してしまったのである。

*

それだけに、2009年3月、突如としてファンの前に現れ、ファイナル公演『This is it』を宣言した時のインパクトは計り知れない。

当時、マイケルは50歳。

いくら図抜けた才能の持ち主でも、『スリラー』や『BAD』の頃のように、舞台を跳びはねるのは無理だろう。

『新たな挑戦』というよりは、『まだ演れるのか』と本気で心配になった。

それは当のマイケル自身、誰よりも自覚していたはずである。

そして、公演が近づきつつある6月。

突然の訃報を聞いた。

一瞬、頭をかすめたのは、「毒殺」であり、「薬物自殺」だ。

「これでは稼げない」と見切った興行主とマイケルの間で、激しい諍いがあったのではないか。

あるいは、保険金目当てに殺されたのか。

コンサートの失敗を恐れて、心神喪失した挙げ句、衝動的に薬物を使ったとも考えられる。

それくらい、私生活は身近な人間の裏切りや醜聞に苦しめられたマイケル。

公式発表では「事故死」であり、マイケルに強力な睡眠剤を投与した主治医の「過失致死」とされているが、それだけで納得のいくファンは少数派だろう。

たとえ経緯は『事故』としても、プレッシャー、醜聞、肉体的限界など、様々な要因が彼を死に至らしめたのは事実だからだ。

ある意味、移り気な世間がマイケルを殺したといっても過言ではない。

彼が背負い続けた宿命と重圧は、人ひとりの肩に背負いきれるものではないからだ。

*

私が映画『This is it』に足を運んだのは、80年代というサブカルチャーの繚乱期を彩ってくれた人への敬意もあるけれど、それ以上に、「事実を確かめたかった」という気持ちが強い。

『事実』。

それは、マイケルが本当に生きたがっていたか否か――という点である。

事故といえども、根底には自殺願望があったのではないかと思うと、居たたまれないからだ。

だが、私の心配はまったくもって「的外れ」なものだった。

マイケルのことなど何も分かってなかった。

リハーサル中の彼は、最高の舞台を作り上げるべく、全力で世界に挑んでいるように見えた。

そこにスキャンダルや苦悩の影は微塵もなく、「稀代のエンターテイナー」としての輝きがあるばかりだった。

*

映画の冒頭では、マイケルのバックダンサーを選出するオーディションの様子を垣間見ることができる。

会場を埋め尽くす若いダンサーの大半は、「スリラー」や「Beat it」をリアルに体験したことのない世代だ。

そんな一回りも二回りも年の違う、若いダンサーの中にあって、マイケルの踊りは依然として切れ味鋭い。

これがしばらくヒットチャートから遠ざかり、「もう終わった」と揶揄された人の踊りかと目を疑うほどだ。

声も、ダンスも、50歳という肉体的ハンディをまったく感じさせず、この公演が成功していたら、世界は『マイケル・ジャクソン完全復活』を確信したはずだ。

*

映画『This is it』によると、『スリラー』『smooth criminal』といった往年のヒット曲が現代風に演出され、ショートフィルムも織り込んだ、非常に大掛かりな舞台になるはずだった。

マイケルの絶頂期をリアルに体験してない若いダンサーも、想像の翼をはためかせ、21世紀に生まれ変わった『スリラー』『smooth criminal』を新旧のファンに見せつけたかったはずだ。マイケルはいまだ死なず、不滅のアーティストだと。

*

それだけに、どれほど無念かと思う。

絶対に生きて、公演をやり遂げたかったはずだ。

それだけの自信もあった。

実力もあった。

ないのは、安らかな眠りと心地よい目覚めだけ。

あの夜も、マイケルはただ「眠りたかった」だけなのに、そのまま息を引き取ってしまった。

永久に叶わぬ願いを、ファンと、自分の胸に残して。

*

悲しいというなら、理解されない悲しみが一番深い。

今、世界中で、マイケルのCDやDVDが飛ぶように売れている。

リアルに体験していない世代も、「こんなアーティストがいたのか」と目の覚めるような思いで『スリラー』や『smooth criminal』の動画に見入っているはずだ。

戒厳令の下で産声を上げたポーランドの若い観客も、親でさえ知らないマイケルのパフォーマンスに、多分、同じ思いを抱いていることだろう。

でも、マイケルの本当の希みは、『Thit was』ではなく、『This is』.

今、この瞬間、ここに在ることだ。

志半ばに倒れた彼の無念を思うと、「生きる」ということが何よりの財産であり、希望であることを、マイケル自身、若い人たちに強く願っているような気がしてならないのである。

↓ 私の大好きな冒頭のオーディション。若さって、いいなと、心の底から思う。

↓ マイケル・ジャクソン 50歳。周りのダンサー 20代。 誰だよ、「マイケルはもう終わり」とか言ってた奴は。。

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映画ではチラとしか映されなかった新バージョン「スリラー」「スムース・クリミナル」の全編が収録されている上、オーディション風景(これが圧巻)、バックミュージシャンやダンサーのリハーサル風景など、プラスアルファの映像もたっぷり特典付きです。
幻となってしまった「THIS IS IT」のステージですが、リハーサルだけでも、その迫力は十分伝わってくるのではないでしょうか。
50歳を過ぎてなお切れ味鋭いマイケルのパフォーマンスは、ファンでなくても胸を打つものがあります。

日本では、「キング・オブ・ポップ-ジャパン・エディション」の方が売れているようだけど、私のおすすめはこちら。

まさに「網羅」のベスト盤なので。
アメリカに行った時、衝動買いした。
まさかこんな形でメモリアルになるとは思わなかった。

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