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神の宿る火山島と鉱物資源探査の意義 ~伊豆半島とカムチャッカ半島

2020 7/01
目次

【小説の抜粋】 神の宿る火山島と鉱物資源探査の意義

鉱物資源探査に意欲を戻すウェストフィリア開発公社より、ウェストフィリア島近海の深海調査のオファーを受けたヴァルターは、潜水艇パイロットとしての矜持から引き受けたものの、調査の内容に疑念を感じ、潜水艇『プロテウス』の運行責任者であるフーリエを訊ね、事の経緯を聞き出す。

フーリエは、彼のプロフェッショナル魂に理解を示しながらも、「深入りすると、お前自身が破滅する」と忠告する。

このパートは『海洋小説『曙光』(第四章・ウェストフィリア・深海調査)』の抜粋です。 作品詳細はこちら

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翌日、ヴァルターはオリアナから受け取ったウェストフィリア海洋調査の計画書を片手に、第一埠頭にあるノボロスキ社を訪れた。運航部のフーリエにプロテウスの状況を確認する為だ。

青いガラス張りの本社ビルの脇を抜け、同じ敷地内に隣接する整備工場に向かうと、プロテウスの格納庫に足を運んだ。二週間後には海洋調査船カーネリアンⅡ号と共に出港することもあり、担当の整備士二人が船体の下に潜り込み、入念にメンテナンスを行っている。

彼が声をかけると、整備士の一人が携帯電話で連絡し、ほどなくワーキングルームの間仕切りの向こうからフーリエが顔を出した。

以前と同じパン屋のおじさんのようなニコニコ顔で寄ってくると「俺の可愛いシュシュ(キヤベツちやん)じゃないか、元気にしてたか」と彼の肩を叩いた。

「ウェストフィリアだ。深海調査の応援を要請された」

「やっぱり来たか」

フーリエは予期していたように頷いた。

「一月の予備調査で、開発公社の関係者から何度もパイロットの技量を尋ねられた。どれくらい潜れるのか、ビデオ撮影やサンプリングの習熟度はどの程度か、エトセトラ。三人の見習いは熱心に勉強しているが、まだ試験潜航の域を出ていない。そもそも深海調査の依頼自体がないのに、実地で経験のしようがないだろう。珊瑚礁のダイビングツアーじゃあるまいし、一回の潜航にどれだけの人手と経費を要すると思ってるんだ、と噛みついたら、相手も憮然としながら帰って行った。そんなに熟練のパイロットが欲しけりゃ、政府で本腰を入れて、パイロットを含めた高度技能者を養成すればいいんだ。整備士、航海士、ナビゲーター、調査機器オペレーター、水中音響航法士……全てにおいて絶対的に不足している。データを読める人間はどうにか集められても、肝心の実行部隊が経験不足では的確な場所に計測器を設置することすらできん。連中はそれが分かってない。なのに、いきなりやって来て、海底火山の有人潜水調査をしろなどと、無知、無理解にもほどがある。そもそもプロテウスはマクダエル理事長が自費で建造して、タダ同然でノボロスキ社に払い下げたものだ。傭船料だって一銭も受け取っていない。それを開発公社で使いたいというなら、せめて運航スタッフの養成費ぐらい補助すべきだと思わないか」

フーリエが一気にまくし立てると、ヴァルターも頷き、「ノボロスキ社の見解はどうなんだ」と尋ねた。

「ノボロスキ社の上役と開発公社の関係者が何度も協議して、ともかくプロテウスを出そうという話になった。三人の見習いもそれに併せて訓練を重ねているが、CGシミュレーションと実際の深海は違うし、実験用プールでマニピュレーターを操作するのと、水深数千メートルの環境で熱水噴出孔に接近し、堆積物を採取するのでは、条件も感覚も全く異なる。ベテランのパイロットに付いて経験を重ねるならともかく、いきなり見習いだけで現場に行かせて、あれも採ってこい、これも撮影しろ、は、いくらなんでも負担が大きすぎるだろう。そもそも、ウェストフィリア近海の本格的な海洋調査も、年明けからやっと始まったばかりだ。ステラマリスみたいに蓄積されたデータを基に潜航するのとは訳が違う」

「俺も資料を見たが、時期尚早という気がしてならない。もっと念入りに海底地形調査や地質調査を行い、全体像をしっかり把握してから調査対象を絞り込むべきだろう。あれっぽちのデータを手がかりにプロテウスを投入しても、めぼしいものなど何も見つからない。それでなくても、潜航可能な時間は限られてるし、原子力潜水艦みたいに時速数十ノットで海中を自在に動き回れるわけでもない。視界が一〇メートルほどしかない深海で熱水噴出孔を目視するだけでも難しいのに、たったこれだけのデータで有望な熱水鉱床を探し当てるなど、夜のサハラ砂漠でオアシスを探し求めるようなものだ」

「そのことは、ステラマリスの専門家も指摘してたよ。だが、公社の上層部は聞く耳を持たないらしい。MIGが海台クラストを採鉱してるのに、うちに出来ない訳がないとでも思ってるのかね」

「ちなみに、海台クラストの調査はどれくらい時間をかけたんだ?」

「オレが聞いた話では、ティターン海台が発見されたのは六十年前だそうだ。その頃から海底の堆積物や深海水からニムロディウムの存在が指摘されていたから、理事長が採鉱予定区を絞り込む頃には、かなり蓄積されたデータが存在したはずだ」

「そうだろうね」

「ともかく、奥でコーヒーでも飲みながらゆっくり話そう。どのみち、お前は行くつもりだろう」

彼が苦笑すると、

「そういう奴だと思ってた。だが、それがプロフェッショナルというもんだ」

フーリエは彼の肩を叩きながら、間仕切りのワーキングルームに案内した。

フーリエは彼にワークデスクのオフィスチェアを勧めると、奥の簡易キッチンでインスタントコーヒーを入れた。

彼も付き合いでコーヒーを口にしながら、デスクトップのモニターに映し出されたウェストフィリアの衛星写真に見入った。

「まずは、おさらいと行こう。ウェストフィリア島は、北緯六〇度から七〇度にかけて南北に細長く伸びる、アステリアで二番目に大きな島だ。最長一二九二キロメートル、平均幅四〇キロメートル、東西の最大幅三六五キロメートル、中央が膨らんだ紡錘状をしている。面積は四十七万平方キロメートル、ローレンシア島の約七八〇倍だ。ローランド島からの距離は約三五〇〇キロメートルだから、カーネリアンⅡ号だと移動に六十時間はかかる。ウェストフィリア列島は海底山脈から連なる火山帯の一部で、島の数は大小合わせて五十六個。ウェストフィリア島の南端部から沖合三三三キロメートルにかけて、一直線に連なっている。いずれも断崖絶壁に囲まれた奇岩島だ。この険しい地形はウェストフィリア島も同様で、島の大半が険しい山地で占められている。わけても長大なのが、島の東端に連なるマーテル山脈だ。標高二〇〇〇メートル級の山々が海岸線に沿って万里の長城のようにそびえ立つ。最高峰は四三〇〇メートルのマグナマテル火山だ。こいつは二十六年前に大噴火を起こし、山頂の三分の一が吹っ飛んだ。火山灰の高さは上空一万メートルに達し、麓を流れるマーテル河と周囲の海岸は大量の火砕物で埋め尽くされた。それ以前の標高は五〇〇〇メートルだったそうだよ。これだけ地殻活動が活発なら、珍しい鉱物の一つや二つ、見つかっても不思議ではない。実際、無人航空機が撮影した上空写真では、間欠泉やガス噴出孔、岩盤の変色帯など、興味深い現象が多数確認されているそうだ」

「じゃあ、彼らの狙いはニムロディウムに限った訳ではないんだな」

「以前から天然資源の宝庫と目されている。今は道路も港もないが、インフラが整い、内地にも機材や専門家を送り込めるようになれば、いろんな発見があるはずだ」

「だが、それなら、ネンブロットでも十分間に合うんじゃないか。まだ人の手の入ってないエリアがたくさんあると聞いている。インフラも何もないウェストフィリアを一から探査するより、すでに鉱区として開かれているネンブロットで探鉱に取り組む方が技術的にも商業的にもはるかに効率的だ」

「だから、何かあるんだよ。ウェストフィリアにしか存在しない『何か』だ。ニムロイド鉱石に匹敵する高品位の鉱物、希少価値の高い金属鉱床、宝石、あるいは未知の鉱物とか」
彼は思いがけない何かについて想像してみる。

たとえば、マンガン団塊のように、水深数千メートルの海底に散在する鉱物の塊。

高温の熱水噴出孔の周囲や地下に大量に堆積した金属鉱床。

大噴火によって地中深くから押し上げられ、河の流れに運ばれた海岸の漂砂鉱床。

あるいは山中の地層に埋もれたままの原石や、温泉の周りで塩のように結晶した化学成分。

「だとしても、商業的に採算が合うのかね。たとえ有望な鉱床が見つかったとしても、厳冬期の操業は困難だし、インフラを築くだけでも大仕事だ。輸送コストだけでも馬鹿にならないだろう」

「それは採れる鉱石の質にもよるさ。同じ一〇トンでも、鉄鉱石の一〇トンと、白金の一〇トンでは市場価値が違う。もしもだよ、ウェストフィリアから、従来の希少金属とは比べものにならないようなものが見つかったら、巨額の資本を投じても採鉱する価値がある。二〇〇年前、ニムロディウムが宇宙航空産業で実用化され始めた時、ニムロイド鉱石があり得ないほどの高値で取り引きされたのと同じ理屈だ。それに一度インフラが整えば、二の手、三の手で事業も拡張できる。今後、ますますアステリアが栄えることを考えれば、決して無駄な投資ではない」

「だが、なぜ今頃になって動き出す?」

「オレにも詳しい事は分からん。だが、ファルコン・マイニング社が焦ってるのは確かだ。ニムロデ鉱山は生産量も品質も年々落ちる一方だし、いくつかの採鉱場は稼働率が五〇パーセントを切って、閉鎖寸前まで追い込まれている。その上、精製技術も発達して、ニムロデ鉱山以外で採れる低品位の鉱石からも高純度のニムロディウムを精製できるようになった。それに鉱業局の体質もここ二十年ほどで劇的に変わって、以前のような『口利き』『袖の下』も通用しなくなっている。おまけに汚染水の垂れ流しや廃棄物の違法投棄、過酷な労働問題を放置してきたせいで世間の目も厳しい。ニムロイド鉱石の品質低下と社会的責任のダブルパンチで、ファルコン・マイニング社もいよいよ尻に火がつき始めたんだよ。MIGとは技術力で明らかに差を付けられたファルコン・スチール社ともどもな」

「ちなみに、この季節、気温はどれくらい?」

「内地の平均最高気温はマイナス三度、最低気温はマイナス八度だ。北に行けば、さらに五度から十度、気温が低下する」

「それなら許容範囲だ。俺の故郷も似たようなものだよ」

「だが、海象は厳しいぞ。南の方から続々と低気圧が押し寄せてくるんで、東側の海域は台風並みに風が吹き荒れる。島の南方は比較的温暖で、人が住めないことはないが、結局、開発の対象にならなかったのは、海が荒れやすい上に、沿岸の地形があまりに複雑で、港湾施設や海上構造物の建設には適さないからだ。海底面も起伏が激しく、思わぬ所で激しい潮流が発生して沖合に引きずられる。調査船のコンチネンタル号が座礁したのも、悪天候の上、強い海流に押されて、舵を切りそこねたからだと聞いている」

「だが、それなら、探査だけで終わってしまうことも十分あり得るだろう」

「それは分からんぞ。リスクに見合うだけの価値があると分かれば、何を押してもやるさ。すでに島南部の海岸で砂白金の漂砂鉱床が見つかっているし、山岳地帯にも豊富な火成鉱床や熱水性鉱床が存在する。その他にも、建設材料に適した砂利や粘土の採取が可能だし、農作物の肥料に適した土壌にも恵まれている。上手に活用すれば、アステリアの発展にも繋がる。それにファルコン・マイニング社も図体が大きいだけの会社じゃない、鉱山開発にかけては世界随一だ。資金調達や政治力も半端ない。共同参画するスタットガスやGPオイルも同様だよ」

「だったら、なおさら安全性や公益が優先されるべきじゃないか。何をどう探査するのか、どんな手法を用いるのか、既存社会のメリットと自然環境への影響、等々、開発公社はきちんと情報を開示して、区民の納得がいくよう説明すべきだ。物理的に遠く離れているのをいいことに情報を遮断し、探査も極秘に進めて、区民の声は一切寄せ付けないなど許されるものじゃない」

「それが正論だということぐらい、みな分かっている。正しい事が正しいように行われる世の中なら、誰も苦労はしない」

「俺が一番許せないのは、力に物を言わせて周りを従わせようという態度だ。同じフィールドで堂々と闘うならともかく、正面から太刀打ちできないと分かれば、陰で不当な圧力をかけて、相手の足元に揺さぶりをかける。他人が耕した畑に後から乗り込んで、分け前を寄越せと主張する。俺はね、数十年、数百年の未来を見据えて堤防を築き、干拓地を造ってきた土地に生まれ育ったから、自分の代だけ得すればいいという考えにどうしても疑念を抱かずにいないんだ。今この瞬間の繁栄も大事だが、そこに社会全体を気遣う眼差しや百年の計が感じられて、はじめて人は納得するんじゃないか。今から基礎調査を始めることに異存は無いが、その為にプラットフォームの採鉱事業を貶めて、いかにもウェストフィリアの方が安全かつ効率的と世論を誘導するようなやり方に腹が立つんだよ」

「オレも理事長や嬢ちゃんのことは大好きだ。お前が肩入れしたい気持ちも解るが、この世は自由競争だ。どれほど優れても、より強いものに後ろから食われることもある。ここはMIGが一番乗りした市場だからファルコン・マイニング社は入ってくるなというなら、連中と同じだ。それに社会の必要もある。ただでさえ将来的なエネルギー不足や原料不足が問題視されてるんだ。ウェストフィリアが新たな供給地になれば、手を叩いて歓迎する地元企業も少なくない」

「……」

「まあ、義憤に駆られる気持ちは分かるが、ほどほどにしとけ。お前が異議を唱えたところで、どうなるものでもない。それよりパイロットの任務に専念しろ。疑念を感じても、『見ざる、聞かざる、言わざる』だ。でないと、お前自身がウェストフィリアで坑道を掘る羽目になるぞ」

【リファレンス】 火山島 伊豆大島とカムチャッカ半島

日本人にとって身近な火山島といえば、何と言っても伊豆大島でしょう。

私も実際に訪れたことがありますが、ダイナミックな沿岸と海の美しさには圧倒されます。

残念ながら、台風前で、肝心の富士山は観ることができませんでしたが……。

三原山の砂漠も行ってみたかったのですが、伊豆大島は車なしでとても観光はできません^^;

しかし、一見の価値はあると思うので、近隣にお住まいの方は是非(レンタカー必須)

他の記事にも書いていますが、ウェストフィリアのモデルはカムチャッカ半島です。

北の列島に関しては、領土問題で揺れていますが、カムチャッカ半島に限らず、数珠つなぎになった火山島(無人島を含む)のポテンシャルは計り知れず、ロシアが手放したがらないのも納得です。領海以外にも、観光、鉱業、漁業と、経済的メリットも計り知れないのでしょう。

一度は訪れたい魅惑の火山島です(半島ですが)

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