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革命家はね、わき目をふっちゃいけないんだ

2019 8/06

人は、しばしば一つの思想に囚われ、わき目もふらぬことがある。

自由や平和の為に始めた運動が、いつしか「自身の思想を叶える為の手段」になっていく。

上記に喩えれば、『ひなげし』の為に始めた運動が、いつしか己の思想の正当性を証明する事が目的になるような場合だ。

そうなると、『ひなげし』は口実で、運動の是非が重要になる。

それは万人の為に見えて、その実、自分が正しいか否かのアピールに過ぎない。

『ひなげし』の為に始めた運動が正しければ、その恵みはいつか『ひなげし』に還元されるのだろう。

だが、その為に、わき目もふらず、省みもせず、邁進することが、果たして社会全体の益となるのか。

革命家が往々にして失敗するのは、最後には自己の正当性に固執するからではないだろうか。

寺山修司の戯曲『血は立ったまま眠っている』より

実を言うと、あんまり姉さんと灰男さんと仲良くなってほしくないんだ。
夏美なあんだ、妬いてるの?
そんあんじゃないさ、ただぼくらが仕事していくには、まわりのものに目をくれていちゃいけないんだ。革命家はね、お姉さん、道端にひなげしの花が咲いてもそれにわき目をふっちゃいけないんだ。
夏美(喜んで)あたし、ひなげしなのね。
「ひなげしを摘まないで」だ。
夏美でも、どうして?
ひなげしを摘める日のための「お仕事」じゃなかったの? 良たちのは。
もの事には順序があるんだ。
夏美花よりさきに実のつく草もあるわ。
 戯曲 毛皮のマリー・血は立ったまま眠っている (角川文庫) (文庫)
 著者  寺山 修司 (著)
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