WALL-E(ウォーリー)痛烈なる社会風刺と第二の創世記 ~でもロマンティックな傑作~

目次

【社会コラム】 肥満大国 アメリカ

2001年、初めてアメリカを訪れた時のこと。

大手のスーパーマーケットに行くと、買い物カート置き場に、かなり大きな電動式の車椅子が二台置いてあった。

「さすが、アメリカ。身障者も楽しくお買い物できるように、電動式車椅子のカートがちゃんと用意されているのね」──と思いきや。

それは身障者が乗るのではない。

太りすぎて歩けなくなった人が利用する車椅子だった。

太りすぎて歩けない』。

これがどういう意味か分かるだろうか。

グラマー・サイズの女の子が鏡の前で溜め息をつきながら、「あーん、あと3キロ痩せれば、レッセ・パッセのワンピが着られるのにぃ」なんて悩みとは桁が違う。

100キロだか、150キロだが、体重があまりに増えすぎて、自分の足で、自分の身体を支えて、普通に歩くことができないのである。

理由は明白だ。

ピザ、ケーキ、ハンバーガー、チップスといった、高カロリー&お手軽ファーストフードの大量摂取。

ドライブスルー・ファーマシー(薬局)やドライブスルー銀行に代表される、徹底した車社会。

便利で、快適で、歩く必要のない社会が生み出した、恐るべき現代病。

※ (筆者・追記) 近年では、これに『格差』『低所得』というキーワードが伴う。低所得で、労働に追われる世帯ほど、食生活が「菓子パン」「冷凍ピザ」「スナック」といった高カロリー&炭水化物ものに偏り、肥満になりやすい傾向がある。新鮮や野菜や果物は高価な上、調理に手間と時間がかかるからだ。

以前、エディ・マーフィー主演の映画で『ナッティ・プロフェッサー』という作品があったが、あそこに登場する「太目さん」は決して病的ではない。

あれよりもっと肥えた人、肥えすぎて自分の足で歩くことすら出来ない人が、アメリカにはたくさんいる。

ナッティ・プロフェッサー

そういう人たちが、電動式の車椅子に乗って、スーパーで買い物をし、ディズニー・ワールドで遊び、なおも快適な生活を追い求めて、ピザチェーンの『パパ・ジョーンズ』や『マクドナルド』あたりを渡り歩いているのである。

ちなみに、アメリカのTV番組の合間にしきりと流れるピザのCMは、吐きそうなほど大量のチーズ、サラミ、ベーコンで、まだその上にBBQビーフを追加するか?? というほどの凄まじさである。

【映画レビュー】 自分の足で歩くことを忘れたWALL-Eの世界

大量消費社会のなれの果て

だから、ピクサーの最新作アニメ『WALL-E / ウォーリー』を見た時、これは決して未来社会の空想ではない、既に始まっている現代アメリカの風刺だと思った。

肥満だけではない。

広大な敷地にどんと構える大型スーパー・マーケット。

『Buy N Large』(でっかく買おう)のキャッチフレーズの通り、スーパーの商品棚はあらゆるモノであふれ、消費しきれないものが、まだ山積みになって、空き地にあふれかえっている。

WALL-E / ウォーリー

私はこのショットを見た時、アメリカ全土に展開する大手スーパーマーケット・チェーン『Wal★Mart』を想起せずにいられなかった。

WALL-E / ウォーリー

映画と同じ、広大な敷地に果てしなく広がる大店舗。

安い物を大量に、必要以上に買わせる商法で、アメリカ人の生活を形作っている。

映画に登場する『We got all you need, and much more(あなたが必要とする全てのもの、それ以上のものを取り揃えております)』の台詞そのままに。

WALL-E / ウォーリー

アナログとデジタルが出会う時 : ウォーリーとEVEの恋

その結果、地球はどうなった?

成層圏までゴミだらけになり、人類はとうとう『Axiom』なる宇宙船に乗り込み、はるか宇宙の彼方へと旅立ってしまった。

There's plenty of space in space(宇宙にならもっと空きスペースがある)」と楽天的に笑って。

だが、一人(一個)だけ、地球に取り残されたものがいた。

ゴミ処理ロボット『WALL-E』である。

お腹の中にゴミを詰め込み、ぎゅっと圧縮して、立方体のブロックに形成し、整然と積み上げていく。

そんなことをもう700年も繰り返し、WALL-Eの建てたゴミタワーは、さながらマンハッタンの摩天楼のように町中に林立していつ。

そんなWALL-Eにとって唯一の楽しみは、ゴミの中から素敵な記念品を探しだし、コレクションにすること。

一人ぼっちの住まいで、古いビデオテープに録画されたミュージカル映画『ハロー・ドーリー』を観ること。

中でも『WALL-E』のお気に入りは、恋人たちが互いの愛を感じながら手を取り合う場面だ。

WALL-E / ウォーリー

いつか自分もこんな風に誰かと手を繋いでみたい──。

ロマンチックに夢見るWALL-Eの前に現れたのが、特命を帯びて宇宙からやって来た最新鋭ロボットのEVEだ。

頭の先から足の先まで最先端の技術で磨き上げられ、クールに振る舞う姿に一目惚れしたWALL-Eは、何とか彼女の気を引こうとモーションをかけ、
自分の住まいに招き、自慢のコレクションを披露する。

中でも、EVEが心引かれたのはライターの火だ。

WALL-E / ウォーリー

何故、「火」なのか。

アメリカ某州の知人の家を訪ねると、台所にあるのはたいてい電磁調理器で、火を使う家庭はめったにない。(今はIH調理器が主流)

「火で調理する」という概念さえない子供だっている。

そもそも『火』を見る機会がない。

家庭に仏壇もなければ、お父さんがマッチに火を付けてタバコを吸うこともない。

友だちと花火で遊ぶこともなければ、悪戯心で小枝や枯れ葉を燃やすこともないからだ。

それは宇宙船で暮らすEVEも同然だ。

安全性と効率化の観点から、全てのエネルギーを電気でまかなう宇宙船において、火は原始的なツールであり、危険な存在でしかない。

EVEも、『火』というものを知識として知っていても、実物を目にするのは初めてだっただろう。

未来社会の申し子みたいなEVEが、生まれて初めて『火』を目にして感動したのは、非常に象徴的だ。
(ちなみに、この「火」は映画のエンディングで生活の重要なエネルギー源となり、人々が火を囲んで再び自然な暮らしを取り戻すプロセスが丁寧に描かれている)

そんなEVEにますます心を惹かれ、すっかり有頂天になったWALL-Eは、いっそう彼女を喜ばせようと、『とっておきの宝物』を彼女に見せる。

が、その瞬間、EVEはその宝物を体内に取り込んで、カプセルみたいにフリーズし、宇宙船に連れ去られてしまうのである。

現実社会のアイロニー : 誰も歩かず、顔を合わせることもない

EVEを失うまいと、夢中で宇宙船に飛び乗ったWALL-Eは、もう7世紀も銀河の片隅で航行している宇宙船『Axiom』の中にドックインする。

そして、そこで目にしたものは、すべてをコンピューターに管理され、肉体的にも肥大化した人間の社会だった。

WALL-E / ウォーリー

彼らは一日中、コンピューターのモニターと向かい合い、相手が隣に居るにも関わらず、モニターに映し出された画面を相手に喋り続けている。

「なんじゃ、こりゃ」と思うかもしれないが、現実に、私たちはSkypeやメッセンジャー、掲示板などを通して、似たようなコミュニケーションを体験をしている。

隣人に対する関心も、外界に対する好奇心も麻痺して、モニターに映し出される世界が全てになっている『Axiom』の住人は、決して空想の産物ではない。

日がな一日、PCモニターに釘付けになり、あるいは、スマホをもてあそび、タイムラインに流れてくる文字だけ追って、他人とコミュニケーションを取っているような気分になっているIT社会の住人そのものである。

彼らはまた重力の小さい場所で、何世紀にもわたって生活してきた為に、骨容量が著しく減少し、今では歩くことさえままならない。

歩かないから脂肪ばかり増えて、筋肉も発達しない。

そのくせ、コンソールを操作する指先だけは器用に動き、それ以外のものは「完全に」退化してしまっている。

これも決して映画の誇張ではなく、食生活の乱れと運動不足で、目と指先以外は退化してしまった現代人と何ら変わりはない。

もちろん、作中では「重力が小さいせいで、このような体型になった」と説明がなされているが、これが現代社会のアイロニーであることは誰の目にも明らかだ。

二十四時間、オートパイロットに世話してもらい、文字通り、「There's no need to walk(宇宙船の中では歩く必要はありません)」の世界を実現させてしまった人類のなれの果てである。

WALL-E / ウォーリー

コンピュータに支配される人々

しかも、人類の退化は、コミュニケーションや肉体だけにとどまらない。

彼らはファーストフードのミルクシェークのような流動食を与えられ、噛むこともなければ、調理することもない。

これもまた「便利」「手軽」で済まそうとする現代の食生活に対する警告に他ならない。

みな一様に、どろどろのシェークをズルズルすする場面は、ジョークを通り越して、もはやホラーである。

WALL-E / ウォーリー

そして極めつけは、なおも宇宙船を支配する大手スーパーマーケット『Buy N Large(でっかく買おう)』のコマーシャルだ。

彼らのプロパガンダのようなコマーシャルは、人の思考や好みを完全に支配し、『Attension, Axiom shoppers, Try Blue. It's new Red(ブルーを着てみて、これが”新しい青”よ)』というアナウンスが流れると、皆の洋服が一斉に青に変わる。

自分たちは支配されていないつもりでも、市場に踊らされている部分はたくさんある。

高いリテラシーを誇る人だって、あなたという人間を、親や配偶者よりも知り尽くした、ITサービスのレコメンド機能(あなたにおすすめの○○)に左右されている人が圧倒多数のはずだ。

WALL-E / ウォーリー

人類を変えた自然からの贈り物

こうした人々の姿は、現代社会に対する痛烈な批判であり、この作品の核ともなっている。

※ (筆者・注) レビューを書いた2008年は、20世紀の大量消費社会を意識して書いたが、ここ数年は、行き過ぎた情報化社会の批判として受け止めている

彼等は何かを主張することもなければ、自分達の暮らしを疑うこともなく、ただただ、安逸な日々を過ごし、お喋りに夢中になっている。

そんな彼等と比較して、WALL-EやEVEらの人間臭いこと。

その他大勢のロボット群も同様だ。

WALL-Eたちは機械だけに、台詞らしい台詞がほとんど無い。

たまに、舌っ足らずな機械音で、互いの名前を呼び合うくらい。

それ以外は、「ウィーー」「フニャ~」「ウォウ、ウォウ、ウォウ」なんて、乳児の喃語みたいな喋りばかりだ。
(ちなみに、ロボット言葉を創作したのは、スターウォーズで効果音を担当した有名な技師さんだそう)

それだけに、ロボットたちの表情や振る舞いが、余計で心に響く。

生活の全てを機械に任せ、他人と面と向かって話すこともない人々より、一途にEVEを追いかけて、大騒動を巻き起こすWALL-Eたちの方が、どんどん人間らしく見えてくるのだから不思議だ。

そんな機械化社会『Axiom』の命運を変えることになったのが、EVEの持ち帰った『WALL-Eの宝物』だ。

『宝物』は地球復活の予兆を告げる重要なアイテムであり、希望の『芽』である。

だが、人類の地球帰還を喜ばないオートパイロットは、事の重大さに気付いた船長をキャビンに閉じ込め、艦橋を乗っ取ってしまう。

そこでWALL-Eたちの活躍が始まるわけだが、完全に機械に飼い慣らされたような人々が、本当に母なる大地に帰還することが出来るのか。

その答えとして、一組の男女が登場する。

同じAxiomの住人、ジョンとメアリだ。

WALL-E / ウォーリー

彼らはたまたまWALL-Eの騒動に巻き込まれ、モニターから解放された為に、自分の目で世界を見ることが叶った人達である。

生まれた時からずっとモニターと向かい合って生きてきたジョンとメアリは、目の前に広がる「本物の世界」と、星空に舞うWALL-EとEVEのダンスに感激し、「素敵ね」と微笑み合う。

そんな二人の手が偶然触れ合ったことから、彼らは今まで経験したことのない高揚感を覚え、プールに連れ立って、子供のように水しぶきを掛け合って、はしゃぐ。

モニター越しのお喋りよりも、ずっと素敵な触れ合いに気付いたジョンとメアリは、もう二度とモニターと向かい合うことはない。

Axiomが危機に陥った際は、二人で協力して、床に投げ出された赤ん坊たちを救う。

長年Axiomの内部に住みながら、そこに大きなプールがあることさえ知らなかったメアリ。

「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、日がな一日、モニター(スマホ)と向き合って、自分以外のものには関心も示さない人は、そんなものだ。

世の中の出来事を広く見渡すこともなければ、自分から積極的にいろんな知識を吸収する気力もない。

それこそ、『Buy N Large』の言いなりで、目の前に流れてくるタイムラインだけ眺めて、一日が過ぎていく。

それが絶対に悪いわけではないけれど、本当に実のある人生かと問われたら、『実人生』とは言い難いだろう。

頭の中に知識を得ても、形として積み上げるものがなければ、生きた実感は得られないからである。

その点、肉眼で世界を見つめ、本当の触れ合いを知ったジョンとメアリは、二度とモニターの世界に戻ろうとしなかった。

宇宙船『Axiom』、しいては、人類が置かれた現状を理解し、WALL-EとEVEの闘いに手を貸した。

それは人類の可能性を示唆するものであると同時に、情報化社会を生きる私たちへのメッセージでもある。

モニターから離れて、隣人と手を取ろう。そして、自分の目で世界を見つめよう

全ては一つの『芽』から始まる

すったもんだの末、地球に帰り着いた人々は、恐る恐る大地に降り立ち、まずは緑を育てることから始める。

そんな彼らがどんな未来を作ったか。

それはエンディングで如実に描かれている。

このエンディングの素晴らしい点は、『第二の創世記』を絵画の歴史になぞらえて表現しているところだ。

まずは原始人が描いたラスコー洞窟の壁画のようなAxiomの帰還。

WALL-E / ウォーリー

そして古代マヤ文明のような壁画。

ここで原始のエネルギーである『火』が使われている。

WALL-E / ウォーリー

次に、ルネッサンス時代のような素描。

WALL-E / ウォーリー

17世紀から18世紀にかけてのクラシックな絵画。

WALL-E / ウォーリー

最後は19世紀後半に登場した印象派のような油絵。

WALL-E / ウォーリー

『WALL-E』のすごいところは、これだけ痛烈なメッセージを人間の口からいっさい主張せず、ロボットたちの無声映画のようなやり取りの中に、深く、静かに描いた点だ。

彼らは「愛している」とも言わないし、「自然が一番」とも言わない。

ただ、見つめ合い、人類の希望の芽を必死で守り抜いて、「誰かと手を取り合う」という夢を果たす。

ロボットよりもロボット的な生き方をしている人々の合間を縫って、ドタバタと恋を成就させる(ついでに人類救済も)、WALL-Eたちの活躍の、なんと尊く、いじらしいことか。

』──すなわち、かつて人々が大地に生きたことを物語る古びたグッズの中に――Axiomの住人はリクライニングシートで移動するため、靴すら履かない――ひそかに芽生えたWALL-Eの宝物は、世界を支えるトネリコの樹のように大きく育ち、いつまでも二人の恋と人類を見守ってくれるはずだ。

映画『ハロードーリー』について

この作品を理解する上で欠かせないのが『WALL-E』の大好きなミュージカル映画「ハロー・ドーリー!」

私はこの映画を観たことがないので、どんな内容なのかは以下のサイトから引用しておきます。

秀作アニメ「WALL-E/ウォーリー」の主人公が宝物にしているのが、この古いアメリカ映画「ハロー・ドーリー!」のビデオ・テープだ。ブロードウェイの大ヒット作品の映画化で、監督はダンスの名手で俳優のジーン・ケリーが務めている。

美人で世話好きの未亡人ドーリーは、他人の縁結びが大好きな女性。町の名士だが金儲けばかりに夢中の中年男ホレスにもお相手を見つけるが、すったもんだのあげく、結局は自分が彼と結ばれる。

ウォーリーが繰り返し見ているその場面は、ホレスが営む飼料店の従業員の、コーネリアスとバーナビーの二人が町の人々と歌い踊る楽しげなシークエンス。二人の青年が、ロクに休みもくれない雇い主に嫌気がさし、すてきな恋がしたい!と小さな町を飛び出して大都会NYへと向かう場面だ。弾むようなメロディの曲「日曜日には晴着で」にのって、美しい娘に出会って彼女にキスするまで帰らないと高らかに歌う。優雅なロングドレスと背広姿の男女の装いはクラシックだが、次々に変化するメンバーの踊りで町と駅を埋め尽くす様は圧巻だ。主演のバーブラ・ストライサンドも一緒に歌うが、彼女がクローズアップされる場面ではなく、多くの着飾った男女が歌い踊る群舞の迫力が魅力。恋をすると決めて町を飛び出す青年たちの姿と、大好きなイヴを追って未知の宇宙に飛び出すウォーリーの姿が符合する。ただ、ウォーリーがこだわる“手をつなぐ”行為は特に強調されるわけではなく、単にダンスの振付の一部という印象だ。

劇中では、ジャズ界の巨人サッチモことルイ・アームストロングも登場し、独特のダミ声で歌を披露している。ちなみに、このサッチモの十八番のひとつに「バラ色の人生」があるが、「ウォーリー」の中でも効果的に使われていた。製作時はミュージカルの黄金期を過ぎてはいるが、バーブラ・ストライサンドという素晴らしい歌手・女優を得て華麗なミュージカル映画となった。

(出演:バーブラ・ストライサンド、ウォルター・マッソー、マイケル・クロフォード、他)
(1969年/アメリカ/ジーン・ケリー監督/原題「Hello Dolly!」)

『WALL-E』がうっとりと見入る踊りの場面で歌われているのは「Put on your Sunday clothes(日曜日には晴れ着を着て)」

なぜこの曲が使われたかについては、下記サイトに詳しい解説がありますので、ぜひご参照下さい。

「WALL・E」を観る前に観るべき映画その1-「ハロー・ドーリー!」

Put on your Sunday clothes,
There's lots of world out there
Get out the brillantine and dime cigars
We're gonna find adventure in the evening air
Girls in white in a perfumed night
Where the lights are bright as the stars!
Put on your Sunday clothes, we're gonna ride through town
In one of those new horsedrawn open cars

日曜日には晴れ着を着よう
外の世界にはたくさんのものがある
安物のタバコやポマード(?)brillantine=An oily, perfumed hairdressing.
から おさらばして
黄昏の中に冒険を見つけに行くんだ
星のように光り輝く 薫り高い夜の中に
白いドレスに身を包んだ美しい娘達を見つけにね
日曜日には晴れ着を着て
町の外にくりだそう
新しいオープンカーの一つに乗って(?)

『WALL-E』がEVEと出会った時に流れる『La vie en Rose』も素敵な曲でした。
歌っているのはルイ・アームストロング。
オリジナルは偉大なフランスの歌手エディット・ピアフの歌うシャンソンです。

Hold me close and hold me fast
The magic spell you cast
This is la vie en rose

When you kiss me heaven sighs
And tho I close my eyes
I see la vie en rose

When you press me to your heart
Im in a world apart
A world where roses bloom

And when you speak...angels sing from above
Everyday words seem...to turn into love songs

Give your heart and soul to me
And life will always be
La vie en rose

近く 今すぐ 私を抱きしめて
あなたが綴る魔法の言葉
それはバラ色の人生

あなたが口づける時 天国がため息をつく
目を閉じると私には見えるの
バラ色の人生が

あなたがあなたの心に私を焼き付ける時
私はあなたの心の一部になる
バラの咲き誇る世界の一つに

そしてあなたが 天使がささやくように 
何かを話す時
毎日 すべての言葉が 愛の歌のように思えるの

あなたの心と魂を どうぞ私に捧げて下さい
そうすれば この人生は
いつもバラ色に輝き続けることでしょう


子供が見ても楽しいし、大人でも感動する。

いつものピクサーらしいクオリティの高さだと思います。

映画レビューとしては、ブログ『セガール気分で逢いましょう』の本職ライターさんがとても素敵な文章を書いて下さっているので、ぜひご覧になって下さいね。


牛津 厚信氏の映画レビュー『WALL-E ウォーリー』

たとえばこんな描写がある。

一日の作業が終わると、ウォーリーはたったひとりで自宅に帰り、自らのメンテナンスに余念がない。そして一息つくと、作業中に見つけたビデオデッキにVTRを入れテレビを付ける。あふれ出す音楽、広がり行く映像。そこではもう何千回と映し出されたであろうミュージカル映画「ハロー・ドリー」が色彩豊かに映し出されている。この世のものとは思えないくらいに楽しげな音楽に身も心も奪われながら、ウォーリーはそっと自分の身体に備わったスイッチを押す。ガチャリ。録音機能だ。そして彼は、翌日の作業中もこの音楽を再生しながら、いつしか誰かの手をそっと握りしめる日を夢見ている。あのミュージカル・スターみたいに・・・。

人生で心奪われる場面に出逢うと、人は誰でも「この瞬間を忘れたくない」と切に願う。それは人間にとって生まれながらに備え付けられた反射運動で、僕らは日々の生活の中でついつい慣れっこになってしまいその大切な思考過程ついて意識することを忘れがちだ。ウォーリーは自身に組み込まれた思考回路を使って、この「感動のメカニズム」について非常に端的に教えてくれる。つまり、ミュージカルに感動し、そっとスイッチを押す、のだ。ああ、そうか。僕らはいつもこんなふうに心を振るわせ、そっと記憶のスイッチを押していたのだ。

そうか、あれは「記憶のスイッチ」だったのか。

私は、WALL-Eはコレクターだから、この素敵なミュージカルも俺様コレクションに加えよう、ってんで録音してるのかと思ってました。

それはEVEの「研究資料として持ち帰る録画」とはまた違い、心を込めたインプットなのですね。

だからアナログのカセットテープなのかなぁ。

それにしても、WALL-Eの「最初の持ち主」はどんな人間だったんだろう。

そして、Axiomに乗り損なった何十億という他の人々は……?

もしかしたら、それ以外の人は本当に全部滅んでしまったのかもしれない。

最後の一人が息を引き取って、誰も答えてくれる人がなくなった時から、WALL-Eは一人でずっと、手を取り合える誰かを待ち続けていたのかもしれないね。

CDとSpotiry・DVDの紹介

 

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お茶目な清掃ロボット、ウォーリーと、スタイリッシュな最新式ロボットのイーブのハートウォームなラブストーリー。
「言葉」がないからこそ、彼らの仕草がいっそう愛らしく、純粋に感じる。
「たかがロボット・アニメ」なんて軽く見てはいけない。
実は様々な示唆に富んだ哲学的未来ストーリーである。
荒廃した地球と肥大化した人類の姿には幻滅だが、それでもどこか希望を感じさせる心地よい作品である。

この作品は音楽もいい。
「ハロードーリー」からの挿入歌はもちろん、要所要所に流れるBGMも夢のように美しく、壮大。
聞いていると、可愛いロボットたちが頭の中を空中遊泳しているよう。
流しても、じっくり聞いても、忘れられない曲ばかりです。

初稿 2008年12月10日

この記事を書いた人

石田 朋子のアバター 石田 朋子 サイト管理人

作家・文芸愛好家。80年代サブカルチャーの大ファン。普段はぼーっとしたおかあさんです。昭和の名作漫画はほとんど空で台詞が言えるほどの元祖ヲタ。車と猫が大好きな東欧在住。サイトでは作品紹介ではなく、作品を題材とした文芸コラムを掲載しています。

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