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生物兵器のウイルスと人類滅亡を描く 映画『復活の日』ジャニス・イアンのYou are Love

2020 5/05

生物兵器MM-88を強奪したテロリストの小型飛行機が雪山に墜落し、容器から漏れ出したウイルスが雪解けと共に爆発的に増殖を始める。人類滅亡の危機に瀕して、最後の希望は、ウイルスが無力化する南極に取り残された人々だった・・・。

新型肺炎に伴うアクセスアップに伴い、別途に記した記事はこちらです。
現代の人類滅亡は医療崩壊と経済破綻

目次

『復活の日』が描く庶民の悲劇

ウイルスによる人類滅亡の恐怖を描いた小松左京氏の代表作『復活の日』。
執筆されたのは、なんと1964年で、エイズやエボラ出血熱が世界的なトピックになるずっと以前の話です。

当時は、まだ米ソ冷戦時代であり、欧米諸国と東側勢力が軍事力や政治力で争っていたと聞いても、あの時代を体験していない人にはピンとこないでしょう。
自由民主主義か、ソビエト共産主義か、世界がほぼ真っ二つに分かれて、白組VS紅組で対立していたわけですから、第三次世界大戦の恐怖は、現代の局所的なテロリズムより、はるかに身近で、生々しく、私もそうですが、当時の子供たちは、1999年7月に恐怖のアンゴルモア大王(核弾頭のような破壊兵器)が空から降ってきて、20世紀末には人類が滅亡すると、本気で恐れていたりしたのです。(ゆえに、世紀末にかけて、カルトが活発化し、信者の集団自殺や社会的孤立、我が国ではサリン事件のような、異様な動きが世界的に見られた)

その背景には、庶民が入手できる情報量が限られ、「東側」「共産主義」といっても、多くの人には、それがどんなものか、自分の目で見る機会もなかった点が大きいと思います。

現代みたいに、Google Mapで、モスクワの町並みをストリートビューで眺めたり、YouTubeでロシアの若者のヒャッハーな自撮り動画を鑑賞したり、できる環境になく、庶民が目にする情報といえば、新聞やTVの二次情報ばかり。メディアや学界の権威に「ほら、ソ連というのは、こんなに恐ろしい国ですよ。世界を軍事力で支配しようとしていますよ」と力説されたら、庶民は「怖いなぁ」としか思わないでしょう。

まさに、鉄のカーテンで仕切られた向こう側は知りようがないのが実情で、何も知らないからこそ、いっそう不安を掻き立てられ、一方的に憎むようになる。その悪循環の末の世紀末思想であり、冷戦であり、人類滅亡の預言であったと思います。

では、インターネットが普及した現代は、情報において自由公正を手にし、理性的な判断ができるようになったかといえば、決してそうではなく、むしろ、情報操作や、扇情的なデマに振り回され、いっそう不安や憎悪を掻き立てられているのが現状ではないでしょうか。

小松左京の『復活の日』では、人々が正しい情報を得ることもできず、凶暴なウイルスに感染して、ばたばたと死んでいきます。

生物兵器を持ち出したテロリストの小型飛行機が、雪山で墜落し、雪解けと共に増殖を始めたなど、考えもしません。

訳も分からず、生物兵器の犠牲となり、遂には人類滅亡と至る過程が生々しく描かれています。

これがインターネット全盛期の現代であれば、人々の無知よりも、むしろデマに重点を置いて、サスペンスが展開したと思うのですが、そのあたりは、「鉄のカーテンの向こうは分からない」、米ソ冷戦時代らしく、二大イデオロギーの覇権争いに否応なしに巻き込まれていく庶民の悲劇に焦点が当てられています。

いつの時代も、事態を悪化させるのは、人々の無知とデマ、そして政府の隠蔽主義です。

『復活の日』も、もっと早くにウイルスの正体を明らかにしていれば、人類滅亡に追い込まれる前に、ウイルスが効力を失う寒冷地に避難することも可能だったでしょうに、生物兵器とテロ事件の隠蔽を図る一人の将軍の思惑によって、その機会も失われてしまいました。

恐怖というなら、ウイルスそのものよりも、一部の人間の思惑によって、その他大勢の庶民の生命も左右される、権力欲や支配欲かもしれません。

戦慄のフォトギャラリー : 医療崩壊編

人々は病原体の正体も分からぬまま、咳や高熱に苦しみ、医療に助けを求める。

未知のウイルスに次々に病に倒れる

患者が病院に殺到し、外来も病棟も重病者で溢れかえる。

病院に殺到する人々

私が戦慄したのはこの場面。

最初は気丈に対応していた医師や看護師も、ついには力尽き、バタバタと倒れていく。

医療者もついには力尽きる

医師と看護師が医局に折り重なるようにして絶命する場面が衝撃でした。

医療者も息絶える

悲壮感漂う、多岐川裕美の看護婦姿。中学生の時、自分の未来図を見るようだった。

悲愴な多岐川裕美

最後には医師も看護師も全滅、みな死に絶えた医局に、突然、リーンと電話が鳴り響く場面が恐怖でした^^;

みな死んでしまう

この場面の何が怖いって、自分も死にかけてるのに、患者さんからコールがあると、身体を起こして、仕事してしまう看護婦の本能なんですよね・・

医局に鳴り響く電話

最後は友人の子を連れて、ボートで睡眠薬を飲んで、自死する。「これを飲むと身体が楽になるから……大きな声でパパ と呼んでごらんなさい……」

最後まで仕事してるのが、とにかく怖かったのです。。。

友人の子と自死

人類滅亡とフェミニズム

女性にとって一番衝撃的なのは、南極で生き残った女性八名に対し、複数の男性と性行為をしてでも、「人類復活の為に、どんどん子供を産んでくれ」と迫られる場面でしょう。

私がこの作品を初めて見たのは中学生の時ですが(映画、原作とも)、少女心にも、極限下における女性の宿命(あるいは社会的位置付け)、そして男たちの一方的な主張と欲望に身震いがしたものです。

もちろん、「複数の男性と性行為」というのは、レイプや強制ではなく、女性にも選ぶ権利はあって、男性が気に入った女性と性行為をするには(自分の子孫を残すには)、まずカードなどで交際を申し込み、女性がOKしてくれたら性行為、というルールが義務づけられています。

当然、申し込んだ男性の中にはお断りされる人もあるわけで、自分の子孫を残したくても残せない、シビアなシチュエーションは、人類滅亡の極限下であろうが、男余りの現代であろうが、あまり変わらないような気がします。

しかし、いよいよ人類が減って、種の存続も危うくなると、男性の態度が途端に軟化し、「女性の皆さん、お願いだから産んで下さい」と懇願するのは、筋金入りの厚かましさというか、本当に身勝手ですよね。

人類滅亡の原因を作ったのは、お前ら、男だろうに!!

そんな男が相手だから、女性の生き残りは、無理してまで産もうなんて思わないんだよ。

そんな男が主導する人類社会なら、滅べば ?

というのが、当時から変わらぬ私の思いであり、この作品とは決して相容れない所以です。

救いは、ヒロインのオリビア/ハッセーと、主人公の草刈正雄が、心の底から愛し合い、結ばれるという点ぐらいで、それも取って付けたようなロマンスですよね。

他の生き残りの女性らが、さして反抗することもなく、また懊悩することもなく、男らの申し出をあっさり受け入れて、「みんな、ママになる」という設定も、私には到底受け入れられません。

こんな事があっさり書けるのは、映画の作り手が男性だからで、突き詰めれば、女性の気持ちも本能も、何一つ分かってないということでしょう。

嫌なものはイヤ、SEXできないものはできない、それが女性の本音ですから。

何人もの男と寝て、次々に子供を孕むよう、女性の心と身体はできてないのです。

人類滅亡の原因を作ったのが、男の政治家や、男の軍人なら、尚更に。

それにしても、一人の女性が、4人の子を産んだとしても、次の世代は、8×4=32人。

そのうち半数は男児でしょうから、実質、次世代で、子を産めるのは15人前後。

その15人の少女が、がんばって4人産んだとしても、三世代目には60人。そのうち、女児は30人前後として、四世代目には、やっと120人ほどですよ。それも子供全員が健康に育ったと仮定して、です。中には、結婚も出産もイヤという女子もあるでしょうしね。第一、殺人ウイルスに打ち克っても、その他の病原菌や風土病に耐えられないと思いますよ。荒廃した土地では、薬も、ワクチンも作れませんから。

ということは、どう考えても、人類の復活は有り得ず、このまま、しょぼしょぼと力尽きて、やっぱり人類は滅亡した――というのがリアルな筋書きではないでしょうか。

そんな悲劇がイヤなら、本気で育児環境を改め、人口増に本気で取り組んで頂きたいものだと思います。

男は、権謀術策で、世界を滅ぼし

女は、ワガママで、人類を滅ぼす

日本の人口問題に関しては、It's not too late というより、already end という感じですね。情けない。

戦慄のフォトギャラリー : 子供を産んで下さい編

生き残った女性を取り囲んで、「人類が滅亡するか否かは、あなた達にかかっている」みたいに迫られるんですよ。

こんな状況で、「イヤ」と言える人など、ないですよね。

特典のコメンタリーで、男性の制作者たちが「女の問題ね。これって、原作にないんだよね。大変だったよねー。ワハハハハ」と笑いながらコメントしてるのが、また腹が立つんですよね。。。

生き残った女性らに子供を産んでくれと迫る

自らの運命を嘆いて、ワアッと泣き崩れる女性隊員。分かります、分かります。

高い学問を修めて、南極まで研究に来たのに、要求されることは「複数の男性と性交渉してでも、子供を産んで下さい」。

こんなの、社会的レイプです。。。

女性の運命を悟って泣き崩れる隊員

私が一番許せないのは、「みな、最初はイヤだったけど、ママになって幸せそうでしょう」という女性の描き方です。

母親になれば、みな、納得して、幸福になれると思ってる。たとえ心や身体を踏みにじられて、心底望まぬ性行為と妊娠・出産を求められたとしてもです。

ここに男の本音が透けて見えるというか、社会における男性の女性に対する見方がよく分かります。

みんなママになって幸せそう?!

そんでもって、ヒロインは、心密かに草刈正雄を慕いながらも、人類存続と社会の円滑化の為に、若い水夫のセックスの相手をするんですね。

南極慰安婦か、ってぇの。

こういうシチュエーションを、「蝶々夫人」よろしく、大義の為に身を差し出す女性=美徳、儚さ、のように描く感性が許せんのです。

まさに80年代、昭和の感性です。

こんな一方的な男性主導の社会なら、滅びていいよ、というのが、中学時代から変わらない私のスタンスです。

若い水夫の性の相手をするヒロイン

記: 2020年1月31日


※ 2009年のレビューを一部変更

『You are Love』と『復活の日』への想い

《概要》

角川商法の絶頂期、アメリカの有名俳優を迎え、前人未踏の南極ロケも敢行して、鳴り物入りで製作された近未来SFアクションの大作。

『人間の証明』『野性の証明』で立て続けに大成功を収め、飛ぶ鳥の勢いだった角川が、破格の予算を組み、外国海軍の協力まで得て、世界的ヒットを目指して、総力で取り組んだ作品だが、興行成績は今ひとつ振るわず。私の知人の話では、あの強気な角川春樹に「もう二度とこんな映画は作らない」とまで言わしめた、一種の失敗作でもある。

しかしながら、HIVウイルスで世界が騒然するずっと以前に、感染症による人類滅亡の恐怖をリアルに描き、責任を逃れようとする政府や、隠蔽工作を図る軍人、南極に残された人々の戸惑いや葛藤に焦点を当てた本作は、現代でも十分に通用する骨太なドラマであり、若かりし頃の草刈正雄と、オリヴィア・ハッセーの神秘的な美しさを堪能するだけでも見る価値はある。

恐らく、最大の敗因は、80年代のアイドル全盛期に、薬師丸ひろ子も原田知世も登場せず、ランボーみたいなアクションもなく、人生に疲れたようなオッサン俳優ばかりが物語の中心を占めて、若者の心にまったく響かなかった点ではないだろうか。

また、好景気に浮かれる時代に、人類滅亡というテーマも重すぎた。

これがゾンビ化なら、「オレたちひょうきん族」あたりでパロってくれたかもしれないが、突っ込み所もなく、おちょくるスキもなく、ただただ、物悲しい気分にさせるだけの本作は、時代の流れにあまりに逆行するものだった。何もかもが右肩上がりで、”滅亡”など程遠い時代だったから。

その点、現代なら、受け入れやすかったかもしれない。フェミニストの皆さんも、ファラリスの雄牛のごとく鼻息を荒くして、「女性に"産んで下さい"とは、けしからん!」と、大いに盛り上げて下さっただろう。

にもかかわらず、私の心に深く残っているのは、ジャニス・イアンのテーマ曲『You are Love』が非常に印象的で、毎日のようにTVやラジオで流されていたからである。

とりわけ、さびの部分の、

It's not too late to start again

は、当時、英語の授業で習っていたtoo ~ to構文(~するには、あまりに~である)の生きた見本でもあり、「やり直すのに、遅すぎることはない」という意味が、中学生の私にも理解できて、嬉しかった。当時の英語のヒット曲は、ビートルズや、ビリー・ジョエルみたいに、中学生でもヒアリング可能な、単純で、基礎的な英文が多かったのだ(今は早口すぎて、何を歌っているのか、まったく分からない)

また、英語の歌詞の中に突如として現れる、「トゥージュルゲ・モンシェ~ル」というフランス語も大変興味深く、何故、そこだけ「トゥージュルゲ」なるのか、一人であれこれ考えたりしたものである。多分、深い意味は無いのだろうけど。

歌詞の内容は、ヒロインの心情を謳ったもの。

It's not too late to start again は、人生を諦めかけた全ての中高年に贈りたい、愛の一文です・・・

What's the time?
Where's the place?
Why the line?
Where's the race?
just in time, I see you face
Toujours gai, mon cher

You are the star
that greets the sun
Shine across my distant sky
when night is done
You'll be the moon to light my way
Toujours gai, mon cher

It's not too late to start again
It's not too late
though when you go away
the skies will grey again
In the time that remains,
I will stay
Toujours gai mon cher

No regret
for the light that will not shine
No regret,
but don't forget, the flame was mine
and in another place, in another time
Toujours gai,mon cher

It's not too late to start again
It's not too late
though when you go away
the skies will grey again
In the time that remains,
I will stay
Toujours gai,mon cher

Halfway measures go unsung
Take your pleasures while you're young
Just remember, when they're done,
Toujours gai, on cher

Amazonプライムでも視聴できます。

復活の日 ブルーレイ [Blu-ray]
出演者  草刈正雄 (出演), オリビア・ハッセー (出演), ジョージ・ケネディ (出演), 千葉真一 (出演), 緒方拳 (出演), 深作欣二 (監督)
監督  
定価  ¥10,372
中古 5点 & 新品  ¥3,218 から

キャスティングを見て、「おお、そう言えば、千葉真一も出てたなぁ。でも何の役だっけ?」と、草刈ちゃんしか記憶に残ってない私。
草刈ちゃんのファンが、草刈ちゃんの美しさを堪能する為に見る、草刈ちゃんファンの為の、草刈ちゃん映画です。
今時のイケメン俳優とは骨格からして違うのですよ。
ボロを着ても素敵だし、無精髭が生えても素敵です❤

草刈ちゃんの元恋人の看護婦を演じた多岐川裕美もよかったです。
感染症パニックも末期状態になり、助からないと悟った祐子が、病気の子供を連れて(草刈ちゃんの友達の子供)「お父さんに会いに行こう」と当てもなくボートを走らせるシーンが今でも印象に残っています。
多岐川さんは、こういう悲劇のヒロインを演じさせたら抜群に上手いですよね。
公開当時は興行的にはあまり成功しなかった作品ですが、今、こうしてAmazonのレビューで絶賛されるということは、やはり良作なのですよ。

多岐川裕美の看護婦さん。ああ、古き佳き時代の、日本のナース・・という感じ。

多岐川裕美 復活の日

 復活の日 (ハルキ文庫) (文庫)
 著者  小松 左京 (著)
 定価  ¥13,207
 中古 19点 & 新品  ¥514 から

こちらが小松の親分さんの原作。執筆されたのは1964年というから驚き。
もちろん、映画とは微妙に異なっていて、小説の立場から言えば、映画「復活の日」は角川テイストに味付けされた亜流品。
でも、映画は映画として楽しませてくれるから、それで良しとしましょう(角川にアカデミックなものを求めてはいけない)。
でもレビューの評価は高いですね。
機会があれば、もう一度、手に取ってみたいです。

角川映画メモリアル by 日本コロムビア
 定価  ¥5,500
 中古 12点 & 新品  ¥836 から

で、この後、

199X年。人類は、まだ滅亡していなかった。

ドオォォォォ~ン!!!!

ときたら、傑作ですね。

私はそれしか思い浮かばない、バブル世代です。ヒャッハー!!

初稿: 2009年12月12日

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